意思決定のスキル
ヘルスリテラシーが高いとは、正しい情報を入手して最終的に自分の健康に関わる意思決定ができるということだ。「日本人は欲しい答えだけを探す傾向があります。選択肢を比較して考える思考力がないと、いくら正しい健康情報があっても選べません。意思決定ができないということは、自分の価値観が明らかになりにくく、自分らしい生き方を見いだしにくいということ。ヘルスリテラシー向上のためには、子どもの頃から健康教育を行い、自分の価値観で健康やライフスタイルを決めることを学ぶ必要があります」
医療現場では患者の意思決定への支援が必須だが、現時点では十分に行われていないと中山教授は指摘する。「日本では、専門的判断は医者任せという傾向が強かった。医者も自分たちが決定するものだと思っていました。本来は患者中心の医療、すなわち患者が情報に基づいて自分の価値観に合った意思決定ができる医療を目指すべきです。そのためには、治療に関する意思決定を支援するための選択肢を提示し、それぞれの長所、短所を中立的に説明する必要があります。医者の説明が難しくて患者が理解できない場合、看護職が支援できなくてはならない。現状では看護師はまだ意思決定支援のスキルを学んでいる途上だと思います」
欧米では国際基準に基づき患者を支援する「意思決定ガイド」(Decision aids)が作られている。中山教授は日本でも活用できるものを、いくつもの共同研究によって開発中だ。例えば乳がん手術で乳房を温存するか残すかなど、本当に難しい決断をしなければならないときに、それぞれの選択肢の長所・短所を数値化していく(優先度をつける)仕組みだ。意思決定のプロセスを可視化することで、本人が納得する意思決定を支援し、周囲もその人の価値観を共有すれば、その後の医療ケアでも患者の価値観を尊重できる。
「それぞれが情報を得た上で自分の価値観に基づいて意思決定し、そのプロセスを“見える化”して共有することはヘルスリテラシーだけでなく、民主主義社会として理想的な姿です」と中山教授は言う。「いまは新型コロナ流行の異常事態ですが、さまざまな感染症とは今後も長い付き合いですし、私たちは慢性疾患の時代を生きています。長いスパンの意思決定を他の人たちにも見える形で共有すれば、社会に役立つ。多くの患者がブログを始めるのも、自分の記録を広く共有することで、同じ問題を抱える人たちを助けたいからです。SNS も本来は助け合いのための情報共有ツールとして活用するものです。答えを与えるためではなく、選択肢を示すための情報提供と、自分の価値観に基づいた意思決定を目指して、情報を出す側も受け取る側も変わらなければなりません。その意味で、いま日本は岐路に立っていると言えます」
(参考サイト)「ヘルスリテラシー 健康を決める力」
バナー写真:下校前に手を消毒する小学校の児童=2020年2月大阪市内(時事)