日中関係の緊張が続く中、中国に根を張って第一線で活躍を続ける日本人たちがいる。彼らがいかに逆境に耐え、困難を乗り越えていったか、北京在住ライターの小林さゆりが直撃した。
中国人の日本人像を変えた役者 矢野 浩二
待ち合わせた北京市内のホテルに、黒い革ジャケットにハンチングというスタイルで颯爽(さっそう)と現れた矢野さん。その姿を見るなり、ホテルの若い女性従業員たちが色めき立ち、スマートフォンで写真を撮り始めた。
「こういう時期でも日本人の僕に親しみを持ってくれるのはありがたいし、励みになる」と矢野さんは大きく手を振り、笑顔で応えた。
大阪の高校を卒業後、フリーターを経て俳優を目指し上京。森田健作氏(現千葉県知事)の付き人をしながら役者としての下積みを9年続けた。2000年に単身中国へ渡り、現代中国のラブストーリーを描いたテレビドラマに日本人青年役で初出演。以来中国の映画やドラマで、シリアスな日本の軍人役からコミカルな中国人役まで幅広く演じ分ける。
視聴率トップクラスのバラエティー番組「天天向上」(湖南衛星テレビ)ではレギュラー司会陣の1人として出演。大阪人らしいボケを流暢な中国語で披露して笑いをとり、ファン層を拡大した。中国版ツイッター「微博」(ウェイボー)のフォロワーは120万人余りを数える(2013年3月末時点)。
日中関係の悪化で仕事が激減
日本人俳優として中国で活動して12年余り。その道のりは「山あり谷ありで、決して平坦ではなかった」と振り返るが、中でも2012年秋以来の日中関係の悪化は矢野さんにとってこれまでにない打撃となった。
「昨年秋、すでに出演契約をしていた連続ドラマから起用を見送るとの連絡が入りました。パネリストとして出席予定だった鹿児島市での日中友好都市のシンポジウムも、中国側の出席見合わせで無期限延期になりました」
仕事が激減し、先行きの見えない不安から息苦しさを覚えたり、不眠になったりしたという。出張先の日本で、極度のストレスから呼吸困難に陥り、生まれて初めて救急車で運ばれたこともあった。
「中国人ファンの声援が原動力」
そんな時に矢野さんを強く励まし、支えてくれたのが、「早くテレビで浩二が見たい」というファンや友人たちの温かい応援の言葉だった。
「今も『微博』やメールを通じて、励ましのメッセージをたくさんいただいています。政治的にこじれていても、中国のファンは日本人の僕を受け入れてくれている。中国で生かされていると実感できる。それこそが僕の原動力であり、後ろ盾なんだとありがたく思っています」
深刻な話で緊張気味だった表情に、ようやくいつもの笑みがこぼれた。
軍人役も人間らしく演じる
今回のつらい経験は、役者として走り続けてきた矢野さんにとって、初めてふと立ち止まり、自分を見つめ直す機会にもなったようだ。
中国では、愛国教育のために毎年数百本に上る抗日戦争ドラマが制作される。近年まで日本の軍人役といえば、中国人が演じる冷酷非道なステレオタイプの悪役がほとんどだったが、矢野さんはそこに悲しみやつらさ、葛藤といった人間らしい感情を込めて演じ上げ、注目された。
「実際は、日本の軍人を演じ続けることに抵抗があった。軍人役はもう断りたいという、表現者としてのこだわりもあった。しかし、今回じっくり考える時間ができ、作品の中で人間がきちんと描かれた軍人であれば、多くの中国人が持つ“日本の軍人は悪人”というイメージを覆せるような役であれば、僕がやる意味もあるのかなと思い直しました」
最近はこの春にクランクインする中国の歴史ドラマに出演が決まり、ロケを前に台本を読み込む毎日だ。
「仕事が政治情勢に左右される不安もあるが、撮影現場で演じてこその役者稼業。お隣同士の日本と中国は、どんな状況であれ民間交流、文化交流を継続すべきだと信じています。まだまだ発展する可能性が大きな中国の芸能界で認められる俳優になりたい。そのために頑張ります」
プライベートでは、知人の紹介で知り合った中国人女性と2010年に結婚。2歳になった娘が「かわいくてならない」という良きパパでもある。中国人女性のように強く生きてほしいと娘に中国籍を取得させ、中国で育てることも公言している。
どんな逆風が吹こうとも、中国の大地にしっかりと根を張る覚悟が、矢野さんにはあるようだ。


