芸歴20年の誇り
最近はストリッパーの仕事が忙しく、映画のオファーが来ても、スケジュールが合わずに断ってしまうこともあるという。公演が決まったら最低10日間は休めない踊り子ゆえの悩みだ。
「別にストリップを優先しているわけではないんです。メインは女優業で、ストリッパーに転向した覚えはないので。いままでの経歴をリセットしたつもりはまったくないです。踊り子はまだ5年目ですけど、あくまで芸歴21年目の女優としてやっていますから。でも好きじゃなかったらしていません。ストリップは、こういう作品が作りたいとなったら、曲と衣装さえ用意すれば、あとは体一つでできてしまう。それが面白いなと思って。映画は、監督、脚本家、出演者、たくさんのスタッフがいないとできませんからね」
事務所に所属することなく、マネージメントもすべて自分。すべて1人で責任を負わなければならないが、仕事を選択する自由を優先した。
「その方が私の性に合っているのは確かです。やりたくない仕事を頼まれることもないし、スケジュールさえ合えば、事務所の都合でやりたい仕事を逃すこともない。元々流れに身を任せながら生きていくタイプなんですね。その時々で、今はそういう流れなんだなと思えるものがあるんです。その流れに乗ってもいいし、乗らなくてもいい。でも予想外の流れが来たら、それは乗っかった方が面白いなとも思える。だから今は踊り子の仕事が多くて、休みもないけど、休んだところでどうなるんだという気もするし、そのうち時が来れば違う流れになるかなと」
人間誰しも、他人から口出しされることなく、好きなことをやりたいようにやるのが理想だ。しかしそれがなかなかできない。彼女がOL時代から無意識のうちに身に付けた人生哲学は、現実をとことん受け入れ、やるべきことをやりながら、徹底して自分の自由になる領域を確保することだったかもしれない。
「有名になって、AV界のアイドルになって、ゆくゆくはテレビに出て…とか全然なかった。夢を見ていなかったからこそ、長く続けられているのかもしれないですね。どんな分野でも、一つの仕事を長く続けるには、その場で自分に何が求められているのか、現実的に判断できることが大事じゃないかと思います」
ありきたりな言葉を恥じずに使うなら、その生き方は、裸一貫と呼ぶにふさわしい。最後に倖田李梨にとって、裸とは何かを訊いてみた。
「着ていても着てなくても、どっちでもいいと思っていて。例えば映画などで、有名な女優さんがヌードになると、『体を張った演技』とか言われて注目されたりしますよね。でも演技に体を張るって当り前じゃないですか。脱ぐか、脱がないかじゃなくて、脱ぐ必要性や脱ぐことで表現できるものがあるから脱ぐのであって。ストリップだって、ニコニコしながらただ踊って、ただ脱いでいくだけじゃないんです。脱いでさらけ出すからこそ、どんな風に動いても成立するし、いろんな表現ができる気がします。ストリップは、言うなれば何でもありなんですね。ジャンルの定まったダンスでは考えられないような自由さがある。それを裸で演じるので、さらに観客の心へダイレクトに届くんだと思うんです」
「もちろん、多くのストリッパーの方々は、裸をいかにきれいに見せるかということに主眼を置いているでしょうね。でも私の場合は、きれいに見せるという方法論ではないんです。形が格好悪くても、見せるのがこの肉体でしかないのなら、これでよくない? って。この体を使って、仁王立ちで力強く見せられるような、何か内から込み上げてくるようなものを伝えられればなと。『倖田さんのステージ観て、元気になれました!』とか、『パワーもらえました!』って言われたらいいかな。ほんとはそれでエロい気持ちにもなってもらえたら一番いいんですけどね(笑)」
写真:花井 智子
取材・文:松本 卓也
バナー写真:倖田李梨、広島第一劇場にて=2019年2月6日、広島市中区 ©花井智子



