懸念される沖縄差別のエスカレート

遠藤 例えば、原発の誘致に関して住民投票をやって否決すれば、原発は来ない。では、自分たちが、「基地はもう要らない」と、全市町村議会で決議し、名護市長選挙でも、沖縄県知事選挙でも、衆議院議員選挙でも民意を明確に示しているのに、沖縄の基地はなくならない。自分たちも、他の県民たちと同じように、基地は要らないと言っているのだからなくしてくれよと。同じ論理の上に、同じ扱いを受ける権利があるべきだと言っているのに、沖縄に関してだけは扱いが違う。もはや、「これは差別なんだ」と言わざるを得なくなったというのが、ここ数年の変化だ。

私自身は悲観論者なので、さらに悲観論的なこともついつい考えてしまう。例えば、既にその兆候はあるが、ネット右翼のような人たちが、嫌韓、嫌中と同じような感じで、基地の移設を受け付けない沖縄に、日本の国家的利益を振りかざして、沖縄の人たちに対する罵詈雑言を投げつけ始めるというような事態が起こるのではないか。そうなると、ますますまともな議論が成り立たなくなる。非常に危惧している。

民主主義国家として沖縄の負担は平等か

平良 だから、この状況をどう乗り越えていくかを考えないといけない。

いま、政府あるいは本土のほうは、中国の脅威などを挙げて安全保障のレベルから議論を展開している。一方、沖縄では自己決定権、あるいは構造的差別、あるいは独立論といった形で議論を展開している。これでは双方かみ合わない。

それを超えて一緒に考える。そういう議論の枠組みをつくるためには、先ほど話したように、主権国家として日本はどうなのか、という観点から組み立てていく。もう1つは、先ほど詳しく話せなかったが、民主主義国家として日本はこの問題をどう考えるのか、という観点から組み立てていくことが大事ではないか。つまり、日本の国土面積のわずか0.6%しかない沖縄に、在日米軍基地(専用施設)の73.8%(2万2700ha)が集中しているというこの現実を、民主主義国家としてどう考えるのか、ということだ。

そもそも考えてみると、民主主義国家においては国民自らが主権者であるので、その国家を守るためには主権者である国民自身が国を守る意志をもち、かつその負担(責任)を等しく分かち合うことが必要だ。そう考えると、基地の提供という形で安全保障上の負担を一地域が過重に背負っていることを、私たち国民ひとりひとりがどう考えるのか、ということだと思う。

宮城 一方で、沖縄には基地負担の代わりに公共投資など、手厚い財政的な手当が注がれているではないかという批判もある。「独立」と言いながら本土からの財政的な支援で経済を回しているのではないかと。このような批判をどのように考えるか。

平良 この議論の枠組みそのものを検討してみる必要がある。この議論は、基地反対派は「沖縄の心」を重視し、基地容認派は「カネ」を重視するという枠組みが前提となっている。しかも、この両者は同舟で共犯であり、一方が基地反対を叫び、それを背景に容認派がカネをとる、というふうに見る。確かに、建設業者などがカネを目当てにしているのは正しいが、しかし沖縄の保守=容認派=カネではない。先ほど述べたように、保守は経済振興+基地縮小の両方をもっている。しかもそれにプラスして「誇り」もある。

復帰から今日までの間に政府は沖縄振興のために15兆円の予算を投じたが、これはそもそも27年間の米国統治下にあって開いた本土との格差を埋め、沖縄の経済発展を願ってつくられたものだ。当時の沖縄開発庁の官僚にインタビューをしても、関連文献をみてもそうである。この沖縄振興策の中では、インフラ整備などの公共事業費の9割を国が補助するという仕組みになっており、これが沖縄の自治体の財政規律を崩壊させ、しかもどんどん自治体が公共事業を発注するものだから、建設業界が儲けて肥大化するようになる。

歴史の怖いところはここで、優遇措置が取られている間にそれが構造化されていき、財政依存は強固なものになっていく。一度、構造化すると持続するので、それを変えていくのはなかなか困難となる。その構造化されて弱いところに、政府が北部振興予算や島田懇予算をつぎこみ、さらに依存の構造が強化されていく。これは沖縄にとっても、また税負担をしている国民全体にとっても、大きな問題だと思う。

しかし、もっと根本のところで考えなければいけないのは、96年の日米合意で「県内移設」という枠が決まったということだ。この枠が決まったからこそ、北部振興予算や島田懇予算の投下というものがある。やはり「本土移転」あるいは「国外移転」がそもそもなぜできないのかを、検討する必要がある。

敗戦の影が消えた本土政界と影をひきずる沖縄

遠藤 沖縄の保守の複雑さというか、沖縄の保守の保守たるゆえんを、本土の保守は、今はもう分かっていない。何が原因なのか。

平良 世代論にだけ還元したくないが、やはり1つには、戦争・占領体験者かどうかということがあると思う。これは沖縄戦だけでなく、太平洋戦争を経験した世代かどうか、あるいは米軍占領を受けた世代かどうかということだ。これらの人たちには共通に語れる、理解しえる基盤があったと思う。例えば、後藤田正晴氏にしても、橋本龍太郎氏にしても、野中広務氏にしても、沖縄が27年間も本土から切り離されたこと、また現にこうして広大な米軍基地がそのまま残っていることに対して、ある種の申し訳なさのようなものがあったと思う。

もっと言えば、これらの政治家たちの胸中には、県民に対する申し訳なさだけでなく、沖縄の地で亡くなった18万人以上もの日本国民が眠るこの島に、戦勝国である米国の基地がそのまま残っていることへの申し訳なさというか、うしろめたさのようなものもあったのではないかと想像する。

戦争や占領を経験した世代がいなくなってくる中、そうした共通基盤も徐々になくなっていき、2000年代の小泉(純一郎)内閣あたりからは、保守の政治家も非常にドライになっていったのではないか。

宮城 戦後政治史の文脈で言うと、自民党の「保守本流」を自認した政治家たちは、サンフランシスコ講和条約で独立を回復したのが吉田茂の功績であると考えている。しかしその際、沖縄は講和条約第3条で切り離されてアメリカの占領下に留め置かれた。佐藤栄作にとって沖縄返還は、政治の師匠である吉田茂がやり残した仕事だった。そこでも残ってしまった基地の問題は、佐藤栄作を師とする橋本龍太郎にとって、師匠のやり残した問題だった。小泉純一郎の「自民党をぶっ壊す」という主張は、橋本龍太郎などが属する竹下派の支配をぶっ壊すということで、小泉以降の自民党の沖縄に対する姿勢はずいぶんと変わってしまった。

(2015年6月19日の鼎談に基づき構成)
タイトル写真=2015年5月日本人外国人特派員協会で会見する沖縄県の翁長雄志知事/時事