“解放段階”という50〜70代の心理的変化

JR九州が2013年10月に始めた豪華寝台列車「ななつ星in九州」の旅は、高級感ある内外装の車両に乗り、九州の名所を回るぜいたくなものだ。料金は第4期(2014年8~11月出発分)の場合、3泊4日で1人当たり43万~125万円と高価だが、60代を中心に予約はいつも埋まっている。

これだけの高額ツアーなので、参加者は富裕層ばかりかというと、実はそうでもない。私の知り合いで、第1期のツアーに千葉県から参加した65歳の女性は介護施設の職員だった。一般に高齢者世帯の所得はそれほど高くない。なぜ、富裕層ではない一般の人が、こうした高額商品を購入するのだろうか。

米国の心理学者ジーン・コーエンは、50代半ばから70代前半にかけての心理的発達の段階を「解放段階」と呼び、この段階には、今までと違うことをしたくなる傾向が見られるとしている。例えば、会社を早期退職して沖縄に行き、ダイバーになる。ずっとパートでレジ打ちをしていた女性がダンスの先生になる、といった具合だ。

なぜ、60代前後に「解放段階」が訪れるのか。一つは、脳の潜在能力が発達し、新たな活動や役割に挑戦するエネルギーが湧くこと。もう一つは、退職や子育てからの卒業、親の介護の終了など、ライフステージが変わりがちであること。これらがきっかけで、この年代は心理面の変化が起きやすくなっている。もう人生は長くないのだから、自分のやりたいことをやろうという気持ちが、新たな行動を後押しするわけだ。

先の女性は「夢の列車に、最初に乗れてうれしい」と話していた。富裕層でなくても、列車が大好きで「これを逃したら二度と乗れない」と思えば、へそくりをはたいてでも豪華ツアーに参加する。こうした傾向は何も日本人特有のものではない。生活水準が同じ程度ならどの国の高齢者にも共通に見られる。

「スマートシニア」の増加は消費行動をどう変化させるか

インターネットを縦横に駆使して情報収集し、旅行やレジャーに出かけたり、通信販売で気に入った商品を購入したりする。私が「スマートシニア」と呼ぶ、そんな高齢者が増えている。総務省の「通信利用動向調査」によると、シニア層のネット利用率は2001~12年の11年間で、60~64歳が19.2%から71.8%に、65~69歳が12.3%から62.7%に、70~79歳が5.8%から48.7%に急上昇した。

「スマートシニア」という概念を提唱してから16年たつ。当初は「コンセプトは面白いが、そんな人はどこにいるのか」と何度も質問されたが、いまの高齢者層では決して珍しい存在ではない。

ネットを通じて多様な情報に接し、スマートに(賢く)なったシニアの行動は様変わりした。例えば、私がある老人ホーム経営者から聞いた話では、以前は説明会を開くと、入居一時金4000万円でも600人の参加者中50人はその場で入居を希望したが、最近は1000万円でも即決する人はいない。ネットで得た様々な情報を比較・検討し、最善のものを選ぶことを学んだシニア層は、決して「衝動買い」はしなくなったというのだ。

私の研究に基づく予測では、2025年には83歳で要介護者とそうでない人が半々で、ネット利用率は45%に達する。10年後には、後期高齢者でも日常的にネットを利用することが当たり前になると思われる。その効果がはっきり現れるのは「買い物行動」だろう。現在は折り込みチラシやテレビ番組が主体だったシニアの通販利用がネットにシフトしてゆく。高齢者が身体機能の衰えから店舗に行くのが困難な「買い物弱者」になりがちな問題の解決策にもなるはずだ。

今後、高齢者の消費パワーへの注目が高まるにつれ、流通業にとってスマートシニアへの対応は重要性を増すだろう。

(2015年10月 記)

タイトル写真=2015年9月21日の「敬老の日」に東京・巣鴨の高岩寺境内でダンベル体操をするシニアたち(時事通信フォト)。