黄金の果実「バナナ」
台湾フルーツの代表選手を挙げるとすれば何だろうか?
今ならマンゴーを選ぶ人が多いだろうが、一昔前はバナナ1択だった。昭和の半ばまで、台湾バナナといえば見舞いの手土産などで、たまにありつけるくらいの高級品だった。ちょうど現代の日本で台湾産アップルマンゴーが高級品として扱われているのと同じように。
台湾のバナナ産業の足跡をたどってみよう。
1950年代から60年代が台湾バナナの最盛期だった。60年代後半には年平均35万トンが日本へ輸出され、その額は台湾の外貨獲得高の実に3分の1を占めていた。
主産地の南投県集集や高雄県(現・高雄市)旗山では、当時の繁栄ぶりが今に至るまで語り草になっている。バナナの収穫で汁にまみれた作業着こそが金持ちの象徴で、ちまたに連なる酒場の女性たちは小ぎれいな身なりの客は相手にせず、汗と泥まみれの客を目にするや、先を争って接待したという。公務員の年収が約6000元だった60年代、バナナ農家の収入は年20万元に達することもあった。金色に光るバナナは、まさに黄金の果実だった。
