「忘れられたプレイヤー」から「主張するロシア」へ

以上のような理由から、北朝鮮問題に関するロシアの存在感は従来、決して大きくなかった。歴史的経緯、地理的位置、そして国連常任理事国としての政治的立場から、ロシアは北朝鮮問題の当事者の一人ではあり続けたものの、その中心にいたわけでは決してない。

しかし、2017年の軍事的危機では、様相が若干異なっていた。この間、ロシアは北朝鮮のミサイルの性能を意図的に低く見積もった情報を流布したほか、国連安保理が北朝鮮非難のプレス向け声明を発出することを妨害したり、爆撃機を朝鮮半島やアラスカの沖合に派遣したりして、強硬姿勢を取る米国を妨害・けん制した。また、あくまでも民間企業の活動としてではあるが、北朝鮮の貨客船「万景峰」号をウラジオストク航路に就航させることを認め、一時は中断されていた光ファイバー回線を再開させ、洋上では北朝鮮のタンカーに対する国連決議違反の石油供給(いわゆる「瀬取り」)を行ってもいる。

その背景はさまざまであろうが、最も大きな要因として考えられるのは米露関係の変動である。14年のウクライナ危機で米露関係が過去最悪の水準に落ち込んだことで、ロシアの対外政策における米国の比重は逆に大きく高まった。米国にとっての最重要イシューで存在感を示すことが、米国に対するレバレッジと見なされるようになったのである。トランプ政権が大方の予想に反して北朝鮮問題を特に重視したことは、ロシアがこの問題へのコミットメントを強める動因になったと考えられる。

これと関連して、2014年以降のロシアは「大国」としての自覚を特に強めた。ロシア的文脈での「大国」とは、強力な政治・経済・軍事力を持ち、国際情勢や国際秩序に対して影響を与えうる国ということであるが、このようなロシアの自己像からした場合、グローバル安全保障問題となった北朝鮮問題においてもロシアは従来よりも大きな存在感を発揮しなければならないことになる。

最後に、中露関係の変化が挙げられる。中国の経済的台頭とロシアの対西側関係の悪化により、両国関係は顕著な強まりを見せている。こうした中、北朝鮮問題を喫緊の安全保障問題と捉える中国にロシアが同調したという側面が考えられよう。

現状続けば「仲介者」としての役割も

別の言い方をすれば、2017年の危機におけるロシアの振る舞いの変化は、対米関係(あるいは対中関係)の変化によるものであって、露朝関係の基本的な構図は依然として変化していないということになる。では、このような理解に基づくならば、18年以降に進んだ軍事的緊張の緩和と米朝首脳会談はロシアにとってどのように位置付けられるだろうか。

この点について考える材料として、2つの極端なシナリオを想定してみよう。

その第1は、北朝鮮を巡る危機がエスカレートし、軍事紛争に至るというシナリオである。たとえば米国が金正恩指導部や核兵器を空爆で排除したり、あるいは中国がこれに先んじて軍事介入に出たりした場合、ロシアが取りうるオプションはほぼ皆無である。

ロシアにとって軍事的に最重要の正面は旧ソ連の欧州部から南部に掛けての地域であり、質量ともに最良の兵力が配備されている。極東は二義的な正面に過ぎず、朝鮮半島での大規模局地戦に介入するような能力はない。

したがって、米朝が軍事的緊張の緩和へと転じたことは、ロシアが完全に局外に置かれる事態が回避されたことを意味してもいる。

第2に、米朝首脳会談でCVIDが合意され、北朝鮮が国際的な孤立を脱して改革・開放へと向かうというシナリオが想定できる。この場合、北朝鮮に体制保障と経済援助を与えるなど中心的な役割を果たすのは米中であり、すでに見た軍事的制約と経済力からしてロシアがこのような役割を果たすことは困難であろう。北朝鮮の非核化を実施する段階(たとえば核弾頭の解体、核技術者の再雇用の確保)でロシアが関与することは理論的に考えられるが、昨今の米露関係を考慮すると実現性は乏しい。そして北朝鮮が真に孤立を脱した場合、ロシアは「存在感」(≠「影響力」)を示す余地をほぼ完全に失うと予想される。

米朝首脳会談が中途半端な結果に終わったことは、このような意味においてロシアの利益となりうる。つまり、北朝鮮問題が完全に解決されずくすぶり続ければ、ロシアは17年のような形で「存在感」を今後とも示すことができるためである。

しかも、今回首脳会談では北朝鮮が形式的に非核化の意思を示し、米韓は合同演習を自粛した。これは2017年に中露首脳が提案した「ダブル・フリーズ」が結果的に実現したことになり、ロシアはその「仲介者」として自らを位置付けることができる。9月の東方経済フォーラムに金正恩委員長を招待し、安倍首相との会談を実現させられれば、ロシアの存在感はさらに高まろう。

実質的な「影響力」が制約された中でロシアが「大国」として振舞おうとするならば、それが可能な状況は現状の延長線上にしかない。この意味で、米朝首脳会談はロシアにとって望ましいものであった。

バナー写真:ロシアを訪問した金永南・北朝鮮最高人民会議常任委員長(左)と握手するプーチン大統領=2018年6月14日、モスクワ・クレムリン(代表撮影、ロイター/アフロ)