バブル経済を追い風に男性読者をターゲット
台湾旅行は、1970年代から人気があったともいえる。
戦後も64年に自由化された海外への観光旅行は、70年代に次第に盛んになっていく。近場の韓国や台湾は、注目の的だった。とはいっても、多いのは男性旅行者。韓国への旅行では、キーセン(妓生)と呼ばれる女性が接待に当たることになっていて、「キーセン旅行」の呼び名がうわさとなって広がった。これによる韓国の外貨獲得額に魅力を感じたものかどうか、やや遅れて台湾も日本人旅行者誘致に乗り出した。台湾は「男性天国」の異名で語られ、林森北路辺りでは、日本人客目当てのクラブなどが軒を並べることになった。
やがてバブル経済が膨らむ中で円高も進み、海外旅行への関心はさらに広がりを見せていく。
もちろん一般的な観光旅行者も少なくなかったが、こうした一面が大きな話題となった。
また、戦後、台湾の日本語世代によって開かれたともいえる日本と台湾とのビジネスや技術移転の道は次第に広がっていく。そして日本から台湾へ多くのビジネスマンが出張し、また駐在することにもなった。
こうした背景の中、月刊で発行される『なる台』は、飲食店など日本人客目当ての店の広告が多く、男性を読者対象にした内容になるのは必然だった。
「キザな男でも許されます」、そして「あなた、ダンディしてますか?」という時代がかったキャッチコピーは、創刊号に掲載された広告のものだ。
観光記事では台湾の魅力を熱っぽく語る。創刊号の夜市を紹介した記事は、こんな具合である。
「いま日本では、大都市の限られた盛り場をのぞいて、町並みは眠っている。……ところが…台湾の街は息づいている。脈打っている。……じっと座って町並みを見てるといい。ものの5分間とたたないうち、現代の日本が失ったものに気がつくはずだ。「思いやり」そして「活気」などに」(※「……」は中略を示す)