師からの教え
渡邉さんの建築家人生にまず大きな影響を与えたのは、彼の上司にして師、そして建築家であり文筆家でもある鈴木喜一さんとの出会いだ。鈴木さんから受けた影響は、単なる技巧や実務経験にとどまらず、渡邉さんの建築理念にまで及んだ。
「鈴木先生は私たちに建築現場を隅から隅まで観察するようにおっしゃいました。先生が言いたかったのは、建築の入門とは素直な心で大工、左官、れんが職人から見て学ぶことだということです。そのほか先生は可能な限り天然建材を用いて、シンプルな設計を行うことこそが人を飽きさせない建築であるという信条を持っていました。当時、私たちがモットーとしていたのは『5年後10年後に完成したときよりさらに美しくなり、街と調和していく建物を作る』です。また私が古い家屋を調査した際、先生から『取り壊すのではなく、再生した方がいい』というアドバイスを受けました。そうすることで、その家に住んでいた家族の記憶を引き継ぐことができるというのです。再生という決定を家主に伝えると、とても喜んでくれました」
旅を愛した鈴木喜一さんは、旅行中に異文化の洗礼を受け、観察することが建築家としての観察眼を養い、視野を広げることになると考えていたという。渡邉さんは当時をこう振り返る。
「鈴木先生は、『建築家になりたければ旅に出よ!』とおっしゃっていました。私は現場のたたき上げです。鈴木先生の事務所に入って2年は給料が出ませんでした。昔ながらの見習い修行のようなものです。その一方で先生からは1年のうち3カ月は海外旅行に行くことを勧められました。旅行の費用は事務所が負担してくれます。ですが、ひとつ条件があって、それが毎日スケッチを1枚と旅行エッセイを書くことだったのです」
スケッチは写真を撮るのとは異なり、時間も労力も要するものだ。スケッチのポイントを渡邉さんはこう語る。
「建築物を描くとき、まず把握しなければいけないのが屋根の形、そして壁の色と窓の数など細部です。なぜこの窓は上下に開閉するのか、なぜ日本のように左右にスライドする窓ではないのか……このように疑問点を見つけ、答えを探すことで、私はその建物のことを理解していきます。もし建物と対話する時間が2時間あったなら、誰だってその建物と『友人』になることができますよ。鈴木先生が私に与えた任務も『勉強』ではなく『いかに建築物と対話するか』、この一点でした」
