アジアの火薬庫として知られる海域
現在も東沙島は南沙諸島の太平島(日本統治時代の呼称は長島)と共に、中華民国政府の実効統治下にある。中華民国に組み込まれた当初は広東省、後に海南特別行政区に編入されたが、国民党政府が台湾に国体を移した1949年以降は高雄市の管轄となった。現在は高雄市旗津区中興里に属している。
東沙海域は台湾以外にも中国やベトナムが領有権を主張しており、台湾にとっては不法漁民との葛藤は悩みの種だ。現在のところ、武力衝突は起こっていないが、全域が管制区域となっているため、一般市民が渡航することはできない。
なお、終戦まで日本領だったのは、東沙島のみならず、新南群島(現・南沙諸島)、そして、平田末治(ひらだすえじ)が開発した平田(ひらだ)諸島(現・西沙諸島)も含まれる。
現在、西沙諸島は中国の実効統治下にある。そして、南沙諸島は中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有を主張している。現状としては、中国と台湾、フィリピンとベトナムが分割実効統治を行なっており、群島内最大の面積を誇り、唯一の真水が出る島である太平島は前述のように台湾が統治している。
現在の東沙島を訪ねる
東沙島は北緯20度42分3秒、東経116度42分14秒の位置にあり、典型的な熱帯性気候でほぼ毎日スコールに見舞われるが、降雨は夏場に偏っている。台風の襲来も多く、日本統治時代の記録によれば、島全体が波に洗われるようなこともあったという。
気候区分としては、台湾南部と同じく熱帯性気候に属するが、風が常に吹き抜けており、思いのほか過ごしやすい。年間平均気温は約26度で、夏場の平均気温は28.5度、冬場でも17度ある。
筆者が最初に東沙島を訪れたのは2008年7月23日のことだった。これは中華民国行政院新聞局(当時)の計らいで、各国のメディア関係者と共に東沙島の土を踏んだ。これは外国人として、最初の訪問団とされている。
当時は折しも東沙周辺の生態系破壊が大きな話題となり、時の陳水扁政権は2007年1月17日、東沙全域を国家公園(国立公園)に指定していた。約8万ヘクタールに及ぶ広大な珊瑚礁は、世界でも稀少なもので、その生態系を護ることが目的とされた。現在は生態環境を研究するための施設が整えられ、研究員が常駐している。


