「尖閣挑発」と習近平の思惑

一方、日本に対してはどう対応したか。習政権は仲裁判決を受け、外交攻勢を強めた。モンゴルでは李克強首相が安倍との会談に応じ、ラオスでは王が岸田と日中外相会談を行い、杉山晋輔外務事務次官が北京に招かれた。しかし「判決順守」を要求する日本側の対応は変わらず、中国側にとって一連の外交攻勢が不発に終わる状態が続いた。そんな中、8月5日から大量の海警局公船と漁船を尖閣周辺の領海に侵入させる異例の挑発行動を取った。外交筋は「習指導部は、南シナ海での安倍政権の対中批判にいら立った。このままでは党内での求心力が下がると考え、対日強硬策を取った。漁期シーズンに合わせて大量の漁船を派遣し、漁船を守るという名目で公船も送り込んだ」と解説した。

日本政府の背後で米国が「尖閣防衛」に動く事態を注視する一方、国民のナショナリズムに火を注ぎ、世論がコントロールできない事態を避けるため、国内で報道規制を敷いた。神経を尖らせながらの「尖閣への公船大量派遣」だった。

しかし、その挑発によって日本にとってより緊急の問題は「尖閣」に変わった。王は東京で記者団に対し、南シナ海には触れなかったが、自ら進んで東シナ海(尖閣)問題を口にした。岸田との会談後、外務省で記者団の取材に応じた王は冗舌だった。

「両国が達成した共通認識は、双方の努力で海上摩擦をコントロールすること。われわれは海洋問題に関する高級事務レベル協議を開き、中日間の(不測の事態回避のための)海空連絡メカニズムを早期に運用できる」

海空連絡メカニズムは、2014年11月に北京で習と会談した安倍が提案して協議が本格化したが、中国側が進展を渋ってきたものだ。王は記者から「いつから運用できるのか」と聞かれ、「残っているのは小さい問題。すぐに一致できる」と前向きに答えた。

そして杭州での首脳会談。安倍が尖閣周辺での挑発行為を受けて「公船や軍による特異な活動は極めて遺憾だ」とくぎを刺したのに対し、習は「対話を通じて連絡を協議し、東シナ海問題を適切に処理し、東シナ海の平和と安定を共に守ろう」と応じた。この言葉から習指導部の2つの思惑が読み取れる。

一つは、G20での首脳会談で、尖閣問題で柔軟姿勢を示すことを前提に、その前に展開した挑発行為は日本の実効支配にプレッシャーを与え、軍など対日強硬派の声に応える形となったことである。もう一つは、日中首脳会談での焦点を当初の南シナ海問題から、尖閣問題にずらすことに一定の成功を収めたことである。

しかし習は安倍にこうけん制することも忘れなかった。「日本側は(南シナ海問題の)言動を慎むべきだ」と強調し、日本に対する強気の姿勢を国営メディアに報じさせている。

杭州で宣伝した中国共産党式世界秩序

中国において外交というのは実際の内容より、国内的に「どう伝えるか」、宣伝工作がより重視されている。例えば杭州のG20首脳会議開幕式が行われた杭州国際博覧センターの大ホールには赤いじゅうたんが敷かれ、中央に立った習近平に向けてオバマやプーチン(ロシア大統領)、安倍ら大国の首脳が1人ずつ握手を求めて歩く構図が中央テレビで実況中継された。世界の中心にそびえる中国皇帝に周辺国が謁見(えっけん)する場面を内外に想起させたものだった。開幕式が終わり、会議場に向かう首脳たちの先頭を歩くのは習とプーチン。中国共産党が描く世界秩序だといえよう。

「中国の『処方箋』は世界から絶賛された」。国営新華社通信が報じた論評だが、不確実性を増す世界経済を救うのは中国だ、という宣伝文句だ。G20は国際会議というより、「中国のため」「共産党のため」「習近平のため」の国際舞台という演出を最優先した。

日中首脳会談でも習は、国際社会が注目する安倍との首脳会談をG20首脳会議閉幕後にずらし、会議中に南シナ海問題がクローズアップされることを避けようとした。まだ根強い反日感情を意識して国営メディアの報道では他国首脳からの「格落ち」を際立たせ、安倍を「歓迎しない客」と暗に宣伝した。

人民日報系の『環球時報』は日中首脳会談を、「『中国との対立』がほとんど日本外交の全面的な原則となり、およそ中国が支持するものは反対している。非常に多くの中国人はそういう印象を持ち、中国の世論は中日関係改善への信頼と関心を徐々に無くしている」と解説している。

また、G20に続きラオスのビエンチャンで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)をめぐる一連の首脳会議には李首相が出席したが、事前の説得工作が奏功し、中国のシナリオ通りに事が進んだ。仲裁判決を勝ち取ったはずのフィリピンのドゥテルテ大統領は中国に「沈黙」し、日米による対中包囲戦略の手詰まり感は否めなかった。