中国では国の内外とも「政治」が「司法」に優先

「力」と「カネ」でASEANばかりか欧州諸国までもなびかせる巧みな中国外交の現実が、杭州やビエンチャンで露呈した。南・東シナ海で国際ルールを無視し、野望に満ちた習の海外膨張戦略は、中国国内で異論を徹底してつぶす言論弾圧や人権派弁護士逮捕に相通じるものであり、習体制の本質がはっきりと見て取れる。中国では国の内外で「政治」が「司法」に優先する習独自の論理が潜んでいることをわれわれは理解しなければならない。

ある日本の外交官は「中国にはあまりにもタブーが多過ぎる。日本との関係もその一つ。どうやって日本のメッセージを中国国民に直接投げかけていくか、真剣に考えなければならない」と漏らす。その発言の背景には、言論弾圧を強化する共産党宣伝当局と国営メディアが展開するプロパガンダ宣伝によって日本や日中関係の真実は中国国民になかなか伝わりにくい現実がある。

日本の別の外交関係者も「中国にはタブーが多過ぎる。民間学者の討論の場で日本側が南シナ海問題を提起しても、中国の学者は政府の公式見解を述べるだけで議論は止まる。中国は規制によって報道されないことがとても多く、双方の専門家間で基礎的な情報を共有できない」と危機感を募らせる。

ではどうすれば中国共産党が展開する宣伝を打破し、中国の国民を「日本」に引きつけることができるのだろうか。尖閣諸島周辺に大量の公船・漁船が集結する最中、あるアクシデントに対して日本政府が講じた「戦略広報」が今後の日本の対中外交を考える上で重要なヒントになるかもしれない。

8月11日早朝、尖閣沖でギリシャ船籍の貨物船と衝突した中国漁船が沈没し、海上保安庁巡視船はすばやく漁船の乗員6人を救助した。奇妙なことにその直後、公船は一時、8日ぶりに接続水域からいなくなり、侵入は沈静化した。

その間に一体、何があったのか。北京の日本大使館は、47万人のフォロワーを持つ中国版ツイッター「微博」で「日本救助」の事実を中国語でつぶやき、海で漂流する中国人乗員を助ける投稿を写真付きで行ったのだ。これは瞬く間に転送され、救助を報じた日本の報道も中国メディアに転電された。中国のネット上では「(漁船を守るべき)中国の公船はどこに行ったのか」という批判が起こり、中国政府のメンツは丸つぶれとなった。

中国外務省報道官は、その日の夜になってようやく漁船沈没事故の談話を発表したが、当初は日本の救助に触れていなかった。しかし約3時間後に改めて談話を出し、「日本側が表した協力と人道主義精神を称賛する」と付け加えた。中国外務省が同じ問題で談話を2度出すのは異例で、その間に「指導部にまでこの問題が上げられ、政策転換があった」(外交筋)とみられている。

中国政府としても、尖閣周辺の大量の公船・漁船を展開させ続け、事態がエスカレートし、G20前に不測の事態が発生することを危惧していたのは間違いない。この偶然起こった「救出劇」に対する日本の気の利いた戦略広報は、日中関係の緊張局面を打開する一助になった。

また中国のネットで安倍の評判が上がる話題もあった。安倍が宿泊した杭州ホテルに、ホテルの便箋を使って「感謝 平成二八年九月五日 内閣総理大臣 安倍晋三」と手書きされた手紙が残されていた。これの実物のコピー画像がネットで広まり、「掃除のおばさんに宛てたものだ」「字がうまい」などと評判になった。中国ネット社会で決して良いとは言えない安倍のイメージが上がった。

日本のある外交官は、日中関係における戦略広報の在り方を、「中国のネット世論の中に日本や日中関係に関する真実を投げてみる。そしてより多くの中国人の対日認識を変えることが重要になってくる」と解説した。

(2016年9月15日 記、敬称略)

バナー写真:中国・杭州で会談する習近平国家主席(左から2人目)と安倍晋三首相(右から2人目)=2016年9月5日、中国・杭州、AFP=時事