日本茶を突破口に、形骸化した伝統産業に風穴を
その丸若がものづくりをやめるらしい——。そんな噂を耳にしたのは、2017年春のこと。
発端は、前年秋にNAKANIWAで日本茶のオリジナルブランドを発表し、その後4月に東京・渋谷で茶葉店「幻幻庵(げんげんあん)」をオープンしたことだった。
「それは完全なる誤解です(笑)。自分の中では、ものづくりと日本茶の事業は完全につながっています。そもそもなぜ日本茶に関心を持ったのかといえば、パリと日本を行き来する中でお土産として運びやすく、誰にも受け入れられやすかったから。ヨーロッパでどんなお茶が喜ばれるかを身をもって試していくうちに、日本のお茶には文化や歴史、作り手の思いなど、さまざまな情報が凝縮されていることを実感しました。その情報を入り口に人と人をつなぐことで、人々と日本文化をつなげるこれまでの取り組みをさらに発展させられるかもしれない。そう感じたのです」
そして、その予感を確信に変える出来事が訪れる。パリのギメ東洋美術館で有田焼のワークショップを依頼された際、窯元の紹介で佐賀県嬉野の茶師・松尾俊一を紹介されたのだ。家業の茶畑を継いでわずか数年で、お茶の最高賞ともいわれる全国茶品評会の農林水産大臣賞を獲得した若き俊英。彼もまた、日本茶の持つ可能性をさらに広げていきたいと考えていたと丸若は語る。
「対話を重ねるうちに、日本の伝統的なものづくりを取り巻く問題と、同じく伝統産業である日本茶が抱える問題が同じであることに気づきました。松尾は自ら全国の茶畑を訪ね歩いて数百種類のお茶を飲み続け、地質や日照などの風土とお茶の風味との関係性を徹底的に研究し、その知見を自らの茶作りに反映しています。市場調査に基づいて新規開発を行ったという点では通常の企業活動ですが、家業による小規模経営が中心の伝統産業の世界ではこうした努力が行われていないケースが数多い。このままではいけないという危機感の一方で、だからこそお茶にはまだ大きな可能性が眠っているはずだと確信しました」
伝統工芸と日本茶。どちらも市場縮小に直面し、安価で品質の低い製品の蔓延を許している点では同じだった。伝統的な農法で作られた正統な緑茶と、安価な茶葉に発色や甘みを引き出す添加物を加えた緑茶。どちらが本物なのか、当の日本人の大半がわからなくなってしまった背景には、食生活や嗜好の変化を超えた構造的な問題が潜んでいた。
「やるからには、お茶本来の味で勝負したい。自然農法を見つめ直し、自分の子どものように手を掛けながら育てていけば、必然的にその土地のテロワール(風土)を反映した茶葉になるはず。その茶葉ごとの香りや渋みをブレンドによってコントロールしてやれば、今の日本人の多くがイメージするお茶よりもはるかに個性が際立ち、心に残る味わいのお茶が出来上がります」
さらに松尾のお茶は、従来の日本茶の多くが達成できなかったヨーロッパの農薬基準値をもクリアする。「日本で出回っている多くのお茶がどうやって作られているのか、逆に考えてしまいますよね」と丸若は苦笑する。

