戦没者が語りかけるもの

「人は二度死ぬ」と言われる。一度目は、肉体の「死」という物理的な死であり、二度目は、その存在と死さえも、忘れ去られる時だ。

輸送途上の戦死者は、長く国からも、軽んじられてきた。しかし、その“忘れ去られた戦没者”に対して、遺族をはじめ、多くの方々が、心から手を合わせてくれていた。

目に涙を浮かべながら焼香する方もいた。私には、尊い命を捧げた戦没者たちに「あなた方のことは決して忘れません」と、それぞれが心で伝えているように感じられた。

そのあとバシー海峡の海岸線に行って、海への献花が行われた。遺族の中には、父をバシー海峡で失い、その妻である母親も亡くなり、母の遺骨を持って参加していた女性がいた。母の遺骨を海に流しながら、女性は「お父さん。お母さんと一緒に日本に帰ろう」と、バシー海峡に向かって語りかけていた。

おびただしい数の日本の若者の「命」と「無念」を呑みこんだバシー海峡。彼ら戦没者を「二度」死なせることがあってはならないと考えさせられるシーンだった。

激変するアジア情勢の中で、日本は自国の領土と国民の生命・財産を今後、どう守っていくのか。目の前に広がるコバルトブルーのバシー海峡は私たちに今、何を語りかけているのか。そんなことを考えながら、私は真夏のバシーの海岸線に立っていた。

(2015年8月26日 記)

タイトル写真:2015年8月2日、台湾屏東県の陸からバシー海峡に向かって戦没者の冥福を祈る駆逐艦「呉竹」艦長の遺児の吉田宗利住職(右)(提供・時事)