女性への優しい眼差し
女の子のように育った思春期の自身を主人公にした前作『不機嫌なママにメルシィ!』で、母親への敬意と憧れを描いたガリエンヌ監督だが、本作でも女性に対する眼差しの優しさと確かさが随所に見て取れる。
マリリンヌは、本番直前に突然訪れた生理を隠し懸命に平静を装ったり(装い切れず挙動不審になっているのだが)、工場の仕事で失敗をすれば「女優気取り」となじられ、若く魅力的なことを尻軽女と扱われ悔しい思いをしたりする。一方でジャンヌは、社会的に成功を収めながらも「自由で自立」しているがゆえに恋愛は思い通りにいかないと自嘲気味につぶやく。いずれも「よくあること」ながら、女性だからこそ直面する出来事や悩みを丁寧にすくいあげ繊細に描写している。
その一方で、男性たちの描き方は(復帰したマリリンヌを支える監督と演出家を除いて)辛らつである。実家のカフェで年配の男性客が「すっかり大人の女の体になって」とマリリンヌの体に視線を這わせる場面、そして、萎縮して演技ができない彼女を鼓舞するつもりなのか大物監督が「愛してるよ」などと耳元でささやき首筋に唇をつける場面には、これまで幾度となく女友だちから見聞きし、筆者自身もまた直面してきた同種の体験を思い出し、やるせなさを覚えた。
傷ついても立ち上がるために
「顔見知りによる親しさの表現」、「監督と役者は一蓮托生の関係」……そんなふうに「よくあること」として流されそうな言動がいかに女性の心を傷つけるのかを、反撃することばをもたないマリリンヌの態度によってガリエンヌ監督は示してみせた。フェミニズムは本作の中心テーマではないが、女性を取り巻く状況の描写は、心は女の子として育ち、周囲の女性たちを注意深く観察していた過去をもつ監督ならではのもので、見どころの一つと言っていいのではないかと思う。
マリリンヌのような対話下手はフランス人としては少数派であろうが、声を上げるより黙ってしまいがちな日本人の一人して筆者は彼女に共感するところが大きかったとも付け加えておこう。
ギヨーム・ガリエンヌ監督は1972年生まれ。フランス国立劇団コメディ・フランセーズの正座員であり、俳優、脚本家、演出家として、舞台のみならず映画、テレビ、ラジオで幅広く活躍している。上映中のダニエル・トンプソン監督『セザンヌと過ごした時間』では画家を熱演。監督としては本作が長編2作目にあたり、1作目の『不機嫌なママにメルシィ!』は2014年に日本で公開された。
主演のアデリーヌ・デルミーもまたコメディ・フランセーズの正座員である。2010年に入団し、数々の舞台で主要な役を演じるのと並行して、テレビ、映画にも出演。映画で主演を務めたのは本作が初である。1987年生まれ。
マリリンヌを再び演技の世界に引き戻す監督をグザヴィエ・ボーヴォワ、転機となることばを投げかけるベテラン女優をヴァネッサ・パラディが演じる。なお、パラディはエンディング曲としてレオ・フェレの『傷』(Cette blessure)のカバーを提供。どんなに傷ついても希望の光が消え失せはしないことを歌った同曲は本作のヒロインの生きざまにふさわしい。
『マリリンヌ』は、2017年11月15日からフランス本国で劇場公開予定。日本公開は未定である。
バナー写真=仏映画『マリリンヌ』、主演のアデリーヌ・デルミー(画像提供:TIFF)

