首相の権利独占で民主のバランス喪失の恐れ

日本では選挙制度の変更後、国会議員の資質が低下し、自主性が圧縮された。同時に、制約なしの衆議院解散権を有している首相が衆議院を随時解散できることは、議員にとっては任期の保障がなく長期的な政策を企画して推進することはできなくなる。そして衆議院解散後には40日内に必ず選挙があり、事実上の選挙期間はわずか2週間程度しかないので、候補者、特に野党の候補者の場合には、真に熟慮した政見を提出することができない。選挙民も各候補者とその政見をじっくりと考える時間がなく、政党に対しての見方と党首の魅力によって選択することになる。従って、首相に無制限の議会解散権を持たせれば、改選により最新の民意に訴えることにはなるが、実際には、民意によって直接選ばれたのではない首相に、民意に訴える決定権を掌握させることになる。これは民主的精神とはかけ離れれたものであり、さらに前述の問題を悪化させ続けることになる。

3度目の小池旋風は吹かず

日本の今回の選挙における注目点には、小池百合子東京都知事が新たに結成した希望の党の選挙全体への影響もあった。安倍首相が国会解散を宣言するとすぐに、小池都知事は昨年の都知事選と7月の都議会選挙の大勝を頼みとして希望の党を発足させ、国政選挙で3度目の旋風が起きることを期して与党連合にとって代わろうと挑戦した。しかし小池都知事は民進党内のリベラル派(左派)との連携を拒絶したので民進党全員が希望の党に加わることはできなくなり、野党の大連合は形成できなくなった。さらに、リベラル派には別の立憲民主党を設立させてしまい、野党連携の気勢が大きくそがれただけでなく、野党勢力を分裂させ、選挙戦敗北の種をまくことになった。

小池都知事は都議会選挙においては意外な勢力を突然出現させ、当時スキャンダルで苦境にあった自民党を撃破し、第二次小池旋風を巻き起こした。しかし現実として、国政選挙で地方選挙のモデルをコピーすることは難しかった。結局のところ原因としてはまず、小池都知事が主導してきた政党の「都民ファーストの会」は地方型政党であり、主要スタッフは小池人脈によっていたことがある。(都知事)個人の魅力は自民党の旗の下に集まる地方議員を打破するのに十分だった。しかし国会の解散総選挙では、期間が短く緊迫しており、小池都知事は国政選挙の候補者を十分に育成することができなかった。次に、民進党の前原誠司代表が、片思いのように野党の主導権を献上した状況に対して小池都知事は対策を図り、安倍首相が衆議院解散という逆襲をしてきたことを眼中に置かなかった。あるいは野党にして個人的魅力を発揮して選挙に連勝してきたことに惑わされて、戦略の選択を誤ったのかもしれない。