台湾バナナをもう一度、日本の食卓へ
現在、内田さんは台湾中南部の雲林県で作られる品種「烏龍種」のバナナを日本へ輸出することに取り組んでいる。台湾でバナナの産地として知られるのは南部の屏東や高雄で、雲林産は珍しいが、これには理由がある。雲林は一般的な台風の進行ルートから外れているため被害を受けにくいことに加え、濁水渓という大きな川が流れており、土地が肥沃なのだ。この烏龍種バナナを育てているのが、人生のほとんどをバナナ生産に捧げてきたという蘇明利さん。バナナが立ち枯れたり、黒ずんだりするパナマ病のリスクを減らすため、稲作で使われる土地をバナナ農園に転換するなどこだわりを持って生産している。
烏龍種バナナは、比較的寒さに強く、秋から春にかけて開花するためじっくり果実が成長し、糖度が高く、味が濃厚で光沢のあるのが特徴だ。現在は日本のスーパーにも少しずつ販路を広げ、かつて台湾バナナの代表格と言われた「北蕉」を思い出す、懐かしい味がするなど好評を得ているという。しかし、フィリピンの標高1000メートル以上の高地で栽培されるハイランドバナナなど、いわゆる最高級品と同価格帯のため、流通過程におけるコストダウンが今後の課題という。
総務省の家計調査によれば、2018年の日本人のバナナ消費量は一世帯あたり年間18キロ(約120本ぐらい)というから、日本人のバナナ好きも相当なものである。しかし日本人がバナナを食べるようになったのは、明治時代に台湾を領有して以降のことで、歴史的にいえばまだまだ浅い。つまり現在の日本人のバナナ好きは台湾バナナとの出会いがきっかけになった、と言っても過言ではないだろう。しかし、そうした日台の歴史的なつながりについて、日本で理解が深まっているとは言い難い。
毎年の門司港のお祭りで行われるバナナの叩き売りの実演で使われるバナナが、台湾産ではないことに着目した「台農發股份有限公司」の内田さんは、2017年には当時のバナナ貿易の写真パネルと台湾バナナを提供したそうだ。確かに、日台をつないでいた内台航路という文脈が忘れられがちな現在、「バナナの叩き売り=台湾産」とイメージすることは難しいのかもしれないが、寂しい話である。台湾が人気の旅行先として、日本でますます存在感を高めている昨今だからこそ、おいしい台湾バナナが、再び日本の食卓に上ることを願っている。
『バナちゃん節』資料提供:門司区役所
バナー写真=門司港駅(筆者撮影)

