日台の個人間に広がる「支援の連鎖」
一青妙 台南で以前市長を務めていた頼清徳さんは、日本と台湾が震災の支援の「連鎖」を通してつながっている、こうした関係を大切にしないといけないと主張されていましたね。東日本大震災での台湾の人たちの支援は日本人を本当に感動させました。だからこそ、台南の地震への支援も日本から素早く届いたのだと思います。東日本大震災の前には、1999年の台湾大地震があり、日本のレスキュー隊が活躍したということも台湾人は覚えてくれています。まさに「支援の連鎖」が、陳さんのような個人のレベルにつながっている感じですね。
でも、陳さんが丸森町に行くまでに苦労はしませんでしたか。日本語も話せず、丸森にも知人がいないという中、現地との連絡、装備、情報収集など、いろいろ大変だったのではないでしょうか。一体どのように実現させたのか気になります。
陳一銘 最初は、フェイスブックを通して日本人の友人に、「丸森の高齢者の割合はどれくらいか、交通状況、ボランティアの数、政府の援助はどれくらい進んでいるか」などを聞きました。これまでの経験から、このような情報を聞けば、現地の状況がわかります。どんなことを必要とし、どんな道具を持っていけばいいのかある程度判断できます。また、グループラインを作り、台湾人の仲間を作ります。日本語、中国語が分かる人も入れて、みんなで一緒に考えながら進めていきます。同時に、交通が遮断されている場合、私は現地の飛行場から町までの交通ルートをグーグルマップに落とし込み、飛行機やレンタカーの手配をします。緊急事態なので、1~2日で全ての情報を集めて、判断しました。
台南人は普段からお互いに手伝う習慣があります。例えば、家を建てるときなど、お互いに助け合います。今回日本へのボランティアに参加した人たちの中には、自分たちで行ける人もいましたが、若い人たちの中には蓄えがなく、実際に行く費用が捻出できない者もいました。そういう人たちを僕は「認養」(支持する)と呼ぶ方法を考え出し、連れていきました。認養とは、自分は行けないが、お金を出せる人が、行きたいけれどもお金のない人に代わって出資してあげることです。募金とは違います。募金の場合、集まったお金が実際にどこにどのように使われたか不明確になってしまうことが多いです。認養の場合、出資した相手が明確で、帰国後に、お金を出してくれた人に対して、ボランティアの経験を共有し合うことができます。実際、ボランティアの現場では毎晩互いの経験や思いを話し合うので、僕も若者たちの成長が分かります。
