人々の心に生き続ける義愛公

義愛公が祀られる理由を考えてみたい。そこにはさまざまな要素が絡み合っている。温厚篤実な人柄を慕う気持ちや集落の発展に寄与したことに対する感謝の念、苦楽を共にした仲間としての友情、また、無念のうちに命を断った者への憐憫(れんびん)も含まれるだろう。さらに、世代が下れば、先祖が世話になった偉人を守っていこうとする意思なども働いてくる。

こういったものが人々の心に宿り、森川巡査は台湾の信仰体系に取り込まれていった。そして、人々に「ご利益(りやく)」を与え続け、時代を超えて霊験を示してきたのである。

ここ数年、台湾への関心が高まり、富安宮を訪れる日本人も増えているという。多くの場合、「台湾の地で日本人が崇められている」という側面だけが語られてしまうが、これは一面的と言わざるを得ない。むしろ、台湾という土地の文化の一部分となり、人々に溶け込んでいることの意味を考えたいものである。

先述した天旨堂のベランダには、鳥居を模したものが設けられ、壁には教育勅語が貼られている。これは老人が日本統治時代を回顧する気持ちとともに、日本人である義愛公を喜ばせたいという意味合いが含まれている。こういった「神と信徒の距離感」もまた、台湾の人々の気質を探っていく上で、興味深い側面である。

最後に、嘉邑小副瀬富安宮を取材した際に耳にした信徒の声を挙げておきたい。
「我々の世代は義愛公の具体的な人物像を知りません。しかし、かつては先祖が義愛公によって守られ、今は私たちが守られている。義愛公は私の心の中で、常に共にある存在です」

台湾の片田舎に息づく小さな物語。時空を超え、義愛公は生きている。

台湾の地に根付いた義愛公。その存在はさまざまなことを問い掛けているように思える(嘉邑小副瀬富安宮)
台湾の地に根付いた義愛公。その存在はさまざまなことを問い掛けているように思える(嘉邑小副瀬富安宮)

参考文献

  • 『神に祀られた警察官』(佐々木週次郎・台湾警察時報)
  • 『義愛公と童乩と地方民』(国分直一)
  • 『神に祀られた故森川清治郎』(台南州警務部・台湾警察時報)
  • 『義愛公伝~時空を超えて息づく森川清治郎』(王振榮)
  • 『台湾民間信仰における日本人神明の祭祀とその意義』(尾原仁美・国立政治大学)
  • 『義愛公信仰の成立とその分霊』(松本征儀・桜美林大学)
  • 台湾日日新報、台南新報ほか。

バナー写真=台湾で「義愛公」と呼ばれる神様になった森川清治郎(もりかわせいじろう)巡査

写真は全て片倉佳史氏撮影。