李登輝との対話

台湾に来て数カ月後、まだ語学学校の学生だった私は何教授のご紹介により李登輝と初めて会うことになった。当時開催されていた「李登輝学校」の授業の合間の休憩時間に会ってくださるとのことだった。多分15分ほどの時間だったと思う。小さな休憩室へ入ると、李登輝さんはそこにいた。私の経歴を聞いていたのか、私への第一声は英語だった。私もそれに合わせてしばらく英語で話をしていたのだが、私は最後に日本語で「今後もあなたのことを追いかけて研究をしたいと思っています。よろしくお願いいたします」といった。すると李登輝は「私が死んでからの方がいいんじゃないですか?」と私の目を見て言った。私はあわてて「いいえ、私はあなたから伺いたいことがたくさんあるのです。まだ死んでもらっては困ります」と答えた。

その後、何度か日本の大学生の団体の中に入れてもらって台北北部淡水の財団法人李登輝基金会のオフィスを訪問したりしていたが、面白いことに毎回李登輝の印象が変わった。その博識ぶりに圧倒される時もあったし、質問をしてもきちんと答えてくれない、自分が話したいことだけをとうとうと話すので、消化不良でもやもやとしながら帰る時もあった。

私が最後に李登輝と会ったのは博士論文に関連するインタビューのために自宅に伺った2013年の3月だ。何教授に付き添っていただいたので、当初二人は昔話をしたり、お孫さんの話をしたりしていた。私はかなり準備をしてインタビューに備えたのだが、やはり時間は雑談でどんどん過ぎていく。本来1時間程度の面会を予定していたはずだが、いつの間か2時間過ぎ、そこではじめて李登輝に「あれ、2時間がたってしまったね。それで、あなたが聞きたいのはなに?」と言われた。そこから話をして結局聞きたかったことを全て聞くことができたわけではなかったが、私のために用意してくださった手書きのメモをいただき、それは論文のための貴重な資料となった。

2013年、面会した李登輝前総統(中央)と筆者(右)(筆者提供)
2013年、面会した李登輝前総統(中央)と筆者(右)(筆者提供)