資料 尖閣事件簿
| 1885年以降 | 日本政府、尖閣諸島が無主地であること、周辺国の支配が 及んでいないことの確認調査を繰り返し行う。 |
|---|---|
| 1894年8月1日 | 日清戦争開戦 |
| 1895年1月14日 | 日本政府、現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行い、尖閣諸島を正式に領土に編入。 |
| 同年4月17日 | 下関で日清講和条約締結。台湾・澎湖諸島を日本へ割譲。 |
| 同年 | 日本政府、実業家・古賀辰四郎に尖閣諸島を期限付き、無償貸与。 古賀は鰹節工場などを建設。 |
| 1940年 | 尖閣諸島が無人化。 |
| 1943年12月 | 米英中(国民政府)によるカイロ宣言。 |
| 1945年7月 | 米英ソによるポツダム宣言。 |
| 同年8月 | ソ連参戦、北方領土占領。日本、ポツダム宣言受諾。日本無条件 降伏。尖閣諸島を南西諸島全域とともにアメリカ軍が統治開始。 |
| 同年10月 | 中国(国民政府)が台湾に進駐。 |
| 1949年 | 中国国共内戦。中華人民共和国成立。国民党政府が台湾へ。 |
| 1951年 | サンフランシスコ講和条約締結。 |
| 1952年 | サンフランシスコ講和条約施行、日本主権回復。アメリカは沖縄の軍政を終了し、民政府である琉球政府による自治に移行。 |
| 1953年1月 | 『人民日報』が「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」という記事の中で、尖閣諸島と琉球諸島の一部という認識を示す。 |
| 1969年 | 国際連合アジア極東経済委員会の調査報告で尖閣諸島周辺で海底油田の存在を指摘 |
| 1971年4月 | 台湾、尖閣の領有権を公式に主張。 |
| 同年6月 | 日米間で「沖縄返還協定」締結。返還対象となる「琉球諸島及び大東諸島」の範囲に尖閣諸島が含まれる。 |
| 同年12月 | 中国が尖閣諸島の領有権を主張。 |
| 1972年2月 | ニクソン訪中。米中国交正常化に向かう |
| 同年5月 | 沖縄・本土返還。 |
| 同年9月 | 田中角栄訪中。日中国交正常化。田中-周恩来会談では周恩来が尖閣の話題化を避ける。 |
| 1978年10月 | 日中平和友好条約締結。鄧小平副首相「次の世代の知恵」発言。 |
| 1979年1月 | 米中国交正常化 |
| 1996年7月 | 右翼団体・日本青年社が尖閣諸島北小島に灯台建設。 |
| 同年9月 | 香港の活動家が尖閣諸島に上陸しようとして溺死。 |
| 1999年 | 東シナ海、日中中間線近くで中国が海底ガス田開発開始。 |
| 2004年 | 中国の活動家が尖閣諸島上陸。 |
| 2008年6月 | 台湾の活動家が乗った船と尖閣諸島付近で日本の海上保安庁の巡視船が衝突、台湾船が沈没。 |
| 2010年10月 | 中国の漁船が尖閣諸島付近で日本の海上保安庁の巡視船に体当たり。船長を逮捕。日中間が険悪化。船長は釈放されたが、中国の強硬措置に国際社会の非難が集まる。 |
| 2012年4月 | 石原慎太郎・東京都知事が地権者から尖閣諸島の買い取り計画を発表。 |
| 同年9月 | 日本政府、地権者からの尖閣諸島買い取りと所有権移転を行う。中国全土で反日デモ。以降、尖閣諸島の領海、接続水域への中国の艦艇、公船、軍用機の接近、侵入が相次ぐ。 |
| 同年12月 | アメリカ上下両院が、「2013年度国防権限法」を可決。尖閣諸島の日本の施政権と、日本の施政権の及ぶ地域への日米安全保障条約の適用を明文化。 |
| 2013年1月 | 東シナ海で中国海軍のフリゲート艦が海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射。 |
| 同年4月 | 日台漁業協定締結 |
| 2014年4月 | オバマ大統領来日。尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲であることを明言する。 |
| 2014年11月 | 日本外務省が4項目の合意文書を発表。続いてAPECで日中首脳会談行われる。 |