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水俣のチッソ工場を裏山から撮影するユージン・スミス(1971年撮影)
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左:『ライフ』誌で発表した『排水管から垂れ流される死』(1972年6月2日号)右:写真集『MINAMATA : Words and Photographs』ロバート・キャパ賞金賞受賞(1974年)
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八幡排水とプール。メチル水銀を含んだ排水は1932年から68年まで無処理のまま海に流され続けた(1972年撮影)
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スミス夫妻:水俣病患者の溝口家の旧宅を借りた(1972年撮影)
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水俣病患者たちの集会に参加し、じっと見つめるユージン(1972年撮影)
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上村智子(17):1956年6月13日生まれ。1962年11月にやっと胎児性水俣病と認定された(1972年撮影)
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田中実子(18):母親と自宅の窓から海を眺める(1971年撮影)
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田中実子:24時間介護を付けて高齢の実姉夫妻と生活している。転倒することが多いため家の中でもヘッドギアを付けている(2018年撮影)
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坂本しのぶ(16):1962年に6歳で胎児性水俣病に認定された。自宅前で堤防に寄り掛かる(1972年撮影)
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坂本しのぶ:自宅前の堤防に寄り掛かる(2009年撮影)
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水俣の3人娘が湯の児でピクニック:左から加賀田清子(19)、坂本しのぶ(16)、前田恵美子(19)。3人は幼い時からの仲良し(1972年撮影)
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水俣市、湯の児でお花見に集まった(左から)坂本しのぶ、前田恵美子、加賀田清子。前の写真から40年が経過。恵美子(中央)は2018年に亡くなった。清子は今では車いすが手放せない(2012年撮影)
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長井勇(14):小さい時から歩けず、日課は過酷なリハビリテーション。有効な治療薬はない。子どものときから大のカメラ好きで、当時、ユージンの仕事場に来て自分でプリントした(1973年撮影)
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長井勇:2010年12月頃から急に体に力が入らなくなり車いすに1人で乗ることも降りることもできなくなった(2011年撮影)
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ユージンと妻のアイリーン。居間でどてらを着て夕食=熊本・水俣(1972年撮影)
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水俣の暗室の壁にあったユージンの落書き(1974年撮影)
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すし店でもらった湯飲みでウイスキーを飲むユージン・スミス(1974年撮影)
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