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【テレビの原理】撮影側で1枚の画像を細かい点(画素)に分解し、点ごとの光を電気に変換した信号を受信側で光に戻し、再び画像を組み立てる(現在主流のハイビジョンの場合、画素数は横1920×縦1080の約200万個)。画面上で電子ビームや信号が画素を光らせる軌跡を走査線と呼び、その本数は縦方向の画素数と一致する。被写体の動きは毎秒25~30枚の画像で再現する(今は50~60枚に進化しつつある)
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スコットランド出身のベアードが実験に用いた機械式テレビ。ドイツのパウル・ニプコーが考案した円盤で撮像と受像の両方を行った(Science Photo Library via Reuters Connect)
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【テレビ用ブラウン管の原理】電子は電極の働きによる電圧変化で明るさを変えつつ、磁力によりビームが上下左右に移動(偏向)して蛍光面を発光させる
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高柳が開発した世界初のテレビ用ブラウン管(左、画面直径約13センチ、走査線の数は40本)と、受像実験で被写体とした「イ」の字が書かれた雲母版(高柳健次郎財団提供)
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1926年に高柳健次郎が世界で初めて映像の電子表示に成功した時に使用した実験装置の復元模型。ニポー(ニプコー)の円盤を用いた機械式の撮像機(右)で捉えた「イ」の文字をブラウン管の受像機に映し出した(NHK放送博物館蔵)
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改良したアイコノスコープを使って1935年に開発したカメラ(左)と高柳(高柳健次郎財団提供)
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高柳とツボルキン(右)。2人は戦後に至るまで長く交流を重ねた(高柳健次郎財団提供)
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1939~40年に行われたテレビ試験放送の一般公開には多くの人々が集まった(高柳健次郎財団提供)
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早川電機工業(現シャープ)が1953年に発売したテレビ国内量産1号機。高柳がテレビジョン同好会の仲間らとともに策定した標準受像機規格に沿う14インチ角型ブラウン管を用いた(シャープ提供=時事)
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生涯にわたって未来の技術に目を向けていた高柳。1970年の講演では、将来の薄型テレビにEL(エレクトロルミネッセンス)を用いるのが有効である可能性を早くも指摘していた。写真は81年に文化勲章を受けた時に撮影(高柳健次郎財団提供)