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本陣は町の中央にある。2カ所の出入り口(赤丸の部分)が枡形となっているのは、万が一、敵が襲撃してきても本陣に向かって直進できないようにするための仕掛け。宿場町が、大名の「陣」であったことを物語る。(図版作成/アトリエ・プラン)
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『東海道分間図』にある小田原宿。東海道の中でも最大級の規模の宿場町だった。詳細は記されていないが、左側上の大きな建物が本陣・問屋場だろうと推測される。国立国会図書館所蔵
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二川宿本陣資料館は、文化4(1807)年から明治3(1870)年まで、二川宿の実力者・馬場家が経営していた本陣を改修。現在も地域のシンボルとして親しまれている。
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『東海道五十三次 関 本陣早立』広重画。左の建物の陣幕の下に関札が掛かり、その前には、駕籠が控える。実は、関札に大名の名はなく、よく見ると化粧品の宣伝になっている。陣幕の紋も、広重の父方の姓「田中」の字と御所車を組み合わせた架空のもので、広重流のユーモアにあふれている / 国立国会図書館所蔵