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『吾妻鏡』寿永3年正月1日条。赤枠部分に「去冬依廣常事 営中稼気之故也」とある。『吾妻鏡』が広常の死に触れた箇所。国立公文書館所蔵
『吾妻鏡』治承5(1181)年6月19日条の「公私共三代之間 未成其礼」。広常は頼朝にも下馬して平伏しなかったといわれるが…。
千葉県鴨川市には、頼朝と広常にまつわる伝承地が少なくない。これはその1つ、頼朝が安房から上総に兵を進める際、松の木に源氏の白旗を付けて広常の到着を待った「旗掛松」の碑(左上)と解説板(右)。「頼朝が待った崎」の意味から、現在も「待崎」の地名が残っている(左下)。筆者撮影
広常が甲冑を奉納した玉前神社は、上総国一宮として現在も地元で篤い信奉を集めている。筆者撮影
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