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壇ノ浦の戦い当日の正午から午後4時の戦況を簡略化した地図。潮流は西から東へと緩やかに流れていたが、源氏の船の勢いを妨げるほどのスピードではなかったと考えられる。地図作成 / アトリエ・プラン
壇ノ浦の戦いを控え、先陣争いを巡って義経と梶原景時が同士討ちしそうになる場面。右から4人目の赤い甲冑が義経で、三浦義澄が止めている。景時は左から4人目の後ろ姿の人物。その前に土肥実平が割って入っている。『奈良絵本 平家物語』巻十一/明星大学図書館所蔵
平宗盛・清宗の父子を移送して鎌倉に向かった義経だったが、腰越で鎌倉が派遣した軍に行く手を遮られた。この後、義経は頼朝に書状を出す。『奈良絵本 平家物語』巻十一/明星大学図書館所蔵
腰越状には複数の写しがあり、これは明治3(1870)年に出版された『初学古状揃万宝蔵』(しょがくこじょうそろえばんぽうぐら)から。最も有名なのは満福寺(神奈川県鎌倉市腰越)に保管されているもので、こちらは弁慶が下書きしたと伝わっている。国立国会図書館所蔵
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