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宇治橋のたもとの奔流(筆者撮影)
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(左)宇治川の浅瀬とみられる辺りで幕府軍は渡河した、(右)宇治川先陣の碑=筆者撮影
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崎港(筆者撮影)
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(左)後鳥羽上皇御着船の碑、(右)上皇の腰掛け石=筆者撮影
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後鳥羽上皇が一夜を過ごしたとされる三穂神社(筆者撮影)
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後鳥羽上皇が配流された隠岐諸島の海士町
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隠岐国守護が、村上一族と思われる「田所義綱」に対し、海上輸送を司る船所の権利を付与するという文書(村上家資料館提供)
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後鳥羽上皇の仮御所の行在所跡(筆者撮影)
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隠岐神社(筆者撮影)
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村上家資料館(筆者撮影)
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伝統行事「牛突き」は23年ぶりに海士町で行われ、盛況だった(提供:後鳥羽院顕彰事業実行委員会)
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「遠島百首」(後鳥羽院資料館提供)
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後鳥羽上皇の手形がくっきりと記された御手印御置文。忠臣・藤原親成への感謝をつづっており、「遺言」と言われている(複製、後鳥羽院資料館提供、原本は水無瀬神宮所蔵)
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(左)六波羅蜜寺は醍醐天皇の皇子・空也上人が951年に開いたが、平安後期には平家一門の邸宅が並んだ(右)境内にある六波羅探題跡の石碑=筆者撮影
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2005年の発掘調査で遺構が見つかった北条義時の法華堂(墳墓堂)跡、源頼朝の法華堂の東側に建てられた(筆者撮影)