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鈴川与助が設計・施工した教会
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木造教会としては国内最大規模の水ノ浦教会。近くには、同じく与助が設計・施工を手掛けた楠原教会もある 写真=天野久樹
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木造教会の完成形ともいわれる江上天主堂(国の重要文化財)。海に近く、水が湧き出る地勢を考慮して高床式になっている 写真=天野久樹
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(左)1864年に完成した大浦天主堂(国宝)。現存するキリスト教建築物としては日本最古(右)信徒発見の場面を再現したレリーフ。1965年、信徒発見100周年を記念して、大浦天主堂の階段近くの庭に建立された 写真=天野久樹
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(左)リブ・ヴォールトの模型を展示した鉄川与助コーナー(右)与助が手掛けた教会堂の構造の進化を映像で学べる 写真=天野久樹
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(左)与助愛用の大工道具。教会堂建設時、木材を丸く削るために使用した(右)信者らが手描きした江上天主堂の窓のガラス絵 写真=天野久樹
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(左)与助が師と仰いだド・ロ神父 写真提供=鉄川進一級建築士事務所(右)ド・ロ神父が設計した大野教会(長崎市)。壁面は地元で採れた玄武岩を積み上げたド・ロ壁 写真=天野久樹
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1919年に竣工した頭ヶ島天主堂(国の重要文化財) 写真=天野久樹
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島北部の入り江に面した頭ヶ島集落。天主堂は集落の奥、緩やかに傾斜する山裾に立つ。石は正面に浮かぶ小島から切り出した 写真=天野久樹
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(左)与助が熟読した専門書『鐵筋混凝土工學』 (右)壮年期の鉄川与助。外出時は必ず黒の三つ揃えを着て、チョッキのポケットから懐中時計の鎖を垂らしていた 写真提供=鉄川進一級建築事務所
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(左)紐差教会は旧浦上天主堂が原爆で倒壊し再建されるまでは日本一の規模を誇った 写真提供=九州観光機構(右)ド・ロ神父の設計、与助の施工で建てられた、大浦天主堂に隣接する旧長崎大司教館。原爆投下にも“無傷”だったことが与助の自慢だったという 写真=天野久樹
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丸尾漁港近くにある鉄川与助の居宅跡。海岸が埋め立てられる前は、家のすぐ前は砂浜で、船で建築現場を巡ったという 写真=天野久樹
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(左)公園内に残るレンガ造りの流し台と、みそやしょうゆを作る際に使ったかめ(右)鉄川組の集合写真(1939年頃)のパネル。神事の棚を挟んで前列中央右が与助 写真=天野久樹