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元の場所からは若干ずれているが、明石が最初に埋葬された場所に残る鳥居。台北市は郷土史跡に指定している
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明石は短い在任期間中、5度の地方巡視と2度の東京出張をしている。巡視は人々の暮らしぶりと風土の特性を把握することを目的とした。施政に対する意気込みが感じられる
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宜蘭線三貂嶺駅近くの廃トンネルには明石が揮毫(きごう)した「至誠動天地」の文字が残る。なお、海岸線は現在「海線」と呼ばれている
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日本統治時代の専売局。明石の治績は産業インフラや交通機関の整備、電力事業、専売事業など、多岐にわたる。教育や司法の制度改革にも取り組んだ
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日本統治時代、三板橋共同墓地に設けられた明石の墓地。昭和19年までは毎年墓前祭が行なわれていた
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不法住宅が撤去された直後の様子。鳥居が突如現れた(1996年筆者撮影)
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台北郊外の新北市三芝区に再建された明石元二郎墓地
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三板橋墓地に棺とともに埋められていた銅製の碑板も残る
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墓碑の一部は南投県中興新村に残されている。「臺灣總督臺灣軍司令官陸軍大将男爵明石元二郎墓」と刻まれていた