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毬杖図。『訓蒙図彙』(きんもうずい / 寛文6 / 1666年刊行の百科事典)の挿絵を守貞が模写。寛文の頃は杖が色鮮やかな色糸をまとっていたが、庶民に浸透するにつれて糸は消えていった。
文化・文政期(1804〜1831)頃の羽子板と羽。羽子板は江戸のものを両面描いている。羽根は、上が京坂(上方)、下が江戸のもの。京坂は玉から長めの竹串が出て羽根につながっているが、江戸には竹串がない。
手鞠の様子を描いた守貞の絵。「正保比(ころ)之古図」と記されていることから、やはり何かの書物からの模写と思われる。
浅草奥山の揚弓場が中央上部にある。揚弓場の絵は『揚弓場図』(神戸市立博物館)、『絵本吾妻の絵』(立命館大学)などにも登場し、広く知られた風俗だったことがわかる。掲載した絵は『職人尽絵詞』(模本)国立国会図書館所蔵
揚弓場の見取り図(右)と的の絵(左)。的は上が江戸で、四角の板に的が大中小の3つある。下は京坂の的で、的はひとつ。当たるとぶら下がった鈴が鳴った。
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