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岡崎城の現存遺構・清海堀。最初に砦を築いた西郷頼嗣が「清海入道」と呼ばれていたことが、その名の由来。家康もこの堀を利用していたと考えられる。(PIXTA)
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浜松城は野面積み(のづらづみ)の石垣で知られる。自然石を加工せず積み上げた石垣だ。1590(天正18)年に浜松城に入った堀尾吉晴が築いた。(PIXTA)
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『日本古城絵図』所収の駿府御城図。江戸中期以降に作成されたもので、家康在城時とは異なるが、古くから天守台(中央)を中心に広い城郭を持っていたことは伝わってくる。(国立国会図書館所蔵)
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現在は駿府城公園として一般に開放されている。写真は2014年に完成した二の丸南西の坤(ひつじざる)櫓。調査も積極的に進められ、時代は不明だが天守台も発掘されている。(PIXTA)
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伊豆半島の東海岸には「石丁場」と呼ばれる江戸城築城石の採石場の痕跡が点在しており、矢穴(鉄製の矢を差し込んで石を砕く穴)が残る巨石が今も横たわっている(PIXTA)
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慶長13年作成の『慶長江戸絵図』。家康が幕府を開いて間もない頃に描かれたものとされ、城と周辺にある内曲輪が見える。東京都立中央図書館特別文庫室所蔵
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二条城の東大手門。現存する門は1663(寛文3)年に修築された2階建ての櫓門だが、後水尾天皇の行幸時は現在と違った姿だった。PIXTA