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大規模火災にあった輪島朝市。200棟以上が焼け、およそ5万平方メートルが焼失した=2024年1月22日、輪島市(吉岡栄一撮影)
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道路の至るところで亀裂や陥没が発生し、車での移動は困難な状態だった=2024年1月11日、輪島市門前町(吉岡栄一撮影)
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地震で甚大な被害を受けた正院町。倒壊した家屋が道路をふさいでいた=2024年1月23日、珠洲市正院町(吉岡栄一撮影)
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倒壊した家屋に降り積もる雪。これからまた冬を迎えるが、被害を受けた家々が重い雪に耐えられるか不安が募る=2024年1月24日、珠洲市正院町(吉岡栄一撮影)
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地震の揺れと津波で崩れてしまった珠洲市の見附島。「別名軍艦島」と書かれていた看板は津波で流されてしまった。それでも存在感は抜群で、能登のシンボルであることに変わりはない=2024年1月17日、珠洲市宝立町鵜飼(吉岡栄一撮影)
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1,004枚の田んぼが連なる棚田「白米千枚田」。地震の影響で田んぼにたくさんの亀裂が入った=2024年2月2日、輪島市白米町(吉岡栄一撮影)
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鵜飼地区では、地震発生後に高さ約3メートルの津波が押し寄せた=2024 年2月7日、珠洲市宝立町鵜飼(吉岡栄一撮影)
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規模を縮小して開催された輪島市重蔵神社の夏祭り。若者を中心に祭りは盛り上がり、倒壊した家屋が残る中、輪島市の中心 部を「キリコ」が巡行した=2024年8月23日、輪島市河井町(吉岡栄一撮影)
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能登半島地震が起きた年に地元で祭りが見られるとは思っていなかっただけに、撮影しながら胸がいっぱいになった=2024年8月23日、輪島市河井町(吉岡栄一撮影)
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多くの支援者や解体業者の方々が能登に足を運び、復旧活動に尽力している=2024年11月27日、珠洲市狼煙町(吉岡栄一撮影)
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能登半島地震により甚大な被害が出た珠洲市。被災家屋等の解体見込約7000棟のうち、11月末時点で48%の解体が完了。集落にはさら地が増えている=2024年12月11日、珠洲市蛸島町(吉岡栄一撮影)
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「復興に向けてこれから」という時に、記録的豪雨が能登を襲った。死者は16人、住宅被害は1368 棟にのぼった=2024年9月27日、輪島市門 前町井守上坂(吉岡栄一撮影)
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作業が進み、輪島朝市周辺の解体撤去は2024年3月末までに完了する見通しになった=2024年12月18日、輪島市河井町(吉岡栄一撮影)
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能登半島地震1年 被災地の現状