-
『安政改正御江戸大絵図』(1858年、国会図書館蔵)より、千駄木御林(左上)から寛永寺黒門前の広小路(右下)までを切り抜いた。千駄木御林の右のピンク色部分が団子坂で、右方向に下っていく
-
広重著『絵本江戸土産』第七編(1857年頃刊、国会図書館蔵)の「千駄木団子坂花屋舗」は、名所江戸百景と同じ時季、同じ場所から眺めている。右ページの構図は名所江戸百景と酷似する
-
同書「千駄木団子坂花屋舗 その二」では、紫泉亭の渡り廊下から描いている。左の女性は、右の女性が着ているのと同じ柄の浴衣を抱えているので、これから入浴を楽しむのだろう
-
尾張屋板『江戸切絵図』「根岸谷中日暮里豊島図」(1856年、国会図書館蔵)より団子坂付近を切り抜いた。「花屋敷」は「千駄木梅屋敷」と記されている。橋の右上にある大圓寺内には、鳥居のマークとともに「カサモリイナリ」と書かれている
-
-
『江戸名所図会』5巻「根津権現旧地」(1836年刊、国会図書館蔵)の下半分を切り抜いた。今の場所に遷座する前、根津神社は団子坂上の南側にあった。ピンク色の部分には「植木屋」と書かれている
-
不忍通りにある団子坂下交差点。かつて藍染川は、不忍通りの100メートルほど東を流れており、その近くに菊見せんべいがある
-
つつじまつり開催中の春の根津神社。根津神社は、6代将軍家宣が生まれた甲府徳川家下屋敷跡地に団子坂上から遷座した。楼門の右奥に拝殿、幣殿、本殿が並び、全て国の重要文化財に指定される