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震災遺構となった気仙沼向洋高校につながるように新設された伝承館
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震災時は市役所職員として、がれきの撤去にあたった佐藤館長
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南校舎の1階廊下にはコロナ対策として、間隔を取って見学するようにパイロンが置かれていた
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機械技術科の生徒が学んだCAD(コンピューター利用設計システム)室も廃虚と化した
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津波で3階に突っ込んだ車(バナー写真と別角度で撮影)。説明板のQRコードをスマートフォンで読み取ると、英語、中国語、韓国語、インドネシア語の解説文が読める
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津波の浸水で下部25センチがさびた4階のレターケース
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屋根や床板が流された体育館には雑草が生い茂る
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階段の塔屋前に散らばる5つの机が、避難時の緊迫した状況を伝える
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衝撃の大きさが伝わってくる冷凍工場の激突跡
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校舎をつなぐ渡り廊下に積み重なった車とがれき
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北校舎の廊下には、学校生活のさまざまな場面が写真で飾られている
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かつてのグラウンドは、パークゴルフ場となった。海岸線の防波堤まで、建物はほとんど見当たらない
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景勝地「岩井崎」から「気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館」(中央)を望む。海岸線には、高い防波堤が延々と築かれていた
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津波に耐えた岩井崎の「第9代横綱 秀の山雷五郎像」と「龍の松」は、波路上地区の復興のシンボルとなっている