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慈眼大師・天海をまつる寛永寺の開山堂。平安時代に第18代天台座主を務めた慈恵大師・良源も一緒にまつられているため、「両大師」とも呼ばれている
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不忍池近くの斜面上に建つ、清水観音堂の舞台と名物・月の松
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創建当初の不忍池弁天堂は、小舟で島に渡って参拝した。あまりに多くの人が押し寄せたため、後に橋が架けられたという。現在はコンクリートで舗装してある
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特別に撮影させてもらった本堂・根本中堂の内部。「万物は平等」という教えの下、仏様が人の目線と同じ高さに置かれているそうだ
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根本中堂に掲げられる「瑠璃殿」の額は、第113代・東山天皇の筆。この勅額(ちょくがく)が京都から江戸に到着した日、江戸では大火が発生し、「勅額火事」と名付けられた
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上野戦争や戦災をくぐり抜けた常憲院殿(5代綱吉)勅額門。左奥に見えるのは、徳川家の位牌所
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通常非公開の徳川歴代将軍御霊廟には、都内とは思えない神秘的な空気が流れていた
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綱吉の墓所に立つ唐銅製の宝塔。6人の将軍の宝塔は、全て戦災を免れている
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特別に撮影許可をもらった慶喜の謹慎部屋「葵の間」。当時は、寛永寺の子院・大慈院の建物内だった
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葵の間に飾ってある「東叡山全図」を見ると、広大な境内に驚かされる。江戸時代の大慈院の場所に、現在の本坊がある
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江戸時代の霊廟建築様式を伝える水盤舎。右側にある霊廟を取り囲む石垣は、渋沢栄一と勝海舟が造営したとされる
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根本中堂の建物は、かつて天海が住職を務めた川越喜多院から移築したもの
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顔だけが残った上野大仏の周りに、合格祈願の絵馬がたくさん掛かっている。「桜咲き」お礼参りに来た人は、花びら型の札を掛けるが、その多さに驚く
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清水観音堂の月の松から、不忍池弁天堂を望む
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日光山内の玄関口・神橋近くに立つ天海大僧正之像