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吞川(のみかわ)に架かる霊山橋のたもとに立つ題目宝塔越しに、本門寺の高台を望む
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広々とした境内に建つ大堂(1964年再建)には、国の重要文化財「日蓮聖人坐像(ざぞう)」が納められている
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仁王門の手前に立つ日蓮聖人説法像
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1977年に再建された美しい仁王門
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日蓮の荼毘所(だびしょ、火葬された場所)跡に、1828(文政11)年に建造された多宝塔(国の重要文化財)。
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色鮮やかな彫り物は、日光東照宮などに通じる江戸期の霊廟(れいびょう)建築様式が見られる
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日蓮の灰骨を納める八角堂の日蓮聖人御廟所
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清正寄贈と伝わる96段の急な石段「此経難持坂」
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秀忠の乳母・岡部局(おかべのつぼね)の発願によって建立された五重塔
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家康の側室だったお万の方をはじめ、紀州徳川家の奥方が永眠する
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京都から江戸に移り住み、将軍にも謁見(えっけん)可能な奥絵師という地位を築いた探幽の墓
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霊宝殿内に展示していた狩野派の絵画を、特別に撮影させてもらった
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元禄(げんろく)時代(1688-1709)頃に建立されたという総門。光悦の文字は、それよりも古い1627(寛永4)年に書かれたもの
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(左)お会式に向かう群衆を描いた広重作『名所江戸百景』の「金杉橋芝浦」(1857年刊)(右)2代目広重が背景、3代目豊国(国貞)が人物を担当した『江戸自慢三十六興』の「池上本門寺会式」(1864刊、共に国会図書館蔵)
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一般公開期間以外は入園できない松濤園。対岸に見える林の中のあずまやで、西郷と勝が会見したという
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1784(天明4)年に再建された経蔵は、東京大空襲をくぐり抜けた
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1969年に建造された本殿(釈迦殿)
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貴重な寺宝を展示する霊宝殿は2003年の開館