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2015年にリニューアルした舞鶴引揚記念館
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常設展示室の入り口。引揚者を歓迎する岸壁の人々の姿が印象的だ
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引揚者をもてなし続けた舞鶴市民。引揚援護局では慰問演芸を披露し(中央パネルの大写真)、東舞鶴駅では茶などをふるまった(右パネルの左写真)
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シベリア抑留者が現地で手作りした箸やスプーンなど。日本人の手先の器用さに加え、量の少ない食事がいかに楽しみだったかを伝える貴重な史料
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五老岳から撮影した舞鶴湾。写真左側、西舞鶴側にある湾口は狭く、写真右側の湾奥にある東舞鶴は要害の地だ
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寄贈された引揚船の模型がズラリ。舞鶴には13年間で、のべ346隻の引揚船が入港した
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ラーゲリの模型。塀に近づくと四隅の監視塔から銃撃されるが、過酷な生活に耐えきれず、わざと駆け寄り自殺した人もいた
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ラーゲリでの食事風景の再現。パンの大きさでもめないように、はかりを手作りして均一の重さに切り分けたという
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白樺日誌の展示コーナー
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80年経過しても色あせない微細な文字。インクやペン先を改良し、必死に思いを書き残したことを物語る
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抑留中に死亡した人の住所などを書き留めた人名簿なども、世界記憶遺産に登録されている
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箱にぴったりと収まる木製のマージャン牌
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岸壁の母や妻が、家族を待ちわびたという五条海岸に立つ碑
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引揚船から小型の連絡船に乗り換え、桟橋に上陸する際の模型。桟橋の奥に並ぶ建物は引揚援護局
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いせさんが書いた手紙や、息子・新二さんの死亡告知書などが展示されている岸壁の母・妻のコーナー
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引揚記念公園内にある「岸壁の母」(左)の歌碑。“母は来ました 今日も来た”から始まる歌は、多くの人の心を打った
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復元された平引揚桟橋まで足を延ばす人も多い。左奥に見えるのは舞鶴湾のシンボル「クレインブリッジ」
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舞鶴・引揚語りの会代表の勝島さん
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おしゃれなカフェやショップ、赤れんが博物館に加え、遊覧船のりばもある赤れんがパーク
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遊覧船から撮影したイージス艦。現在も海上自衛隊と海上保安庁の両方が拠点を置く唯一の港である舞鶴