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【日本100名城®】長野県・高遠城

歴史

高遠城は、戦国武将の武田信玄(たけだ・しんげん)が、2つの河川の合流点にある古くからの要害を改修した名城。現代では全国有数の桜の名所として知られ、毎年多くの観光客が訪れる。

長野県・高遠城

  • 築城年:14世紀ごろ、1547年
  • 初代城主:不明(高遠氏)、武田信玄
  • 主な見どころ:大手門、進徳館、堀、土塁など
  • 料金:無料 (さくらまつり期間のみ高校生以上600円)(2024年4月時点)
  • 所在地:長野県伊那市高遠町東高遠
  • 公式HPなど:高遠(たかとお)城址公園(伊那市)

さくらの名所になった武田信玄の城

高遠城は、2つの河川の合流点にできた河岸段丘の上に造られた。川と本丸の高低差は80メートルあるなど、地形を利用して防御を固めていた。高遠の地は、日本最古の神社の1つ、諏訪神社の神官の家柄である諏訪氏から分かれた高遠氏が古くから治めており、14世紀ごろにはこの城を拠点としていたと考えられている。16世紀に入り、戦国武将の武田信玄が勢力を拡大させ、高遠氏から城を奪い取った。信玄は1547年に軍師の山本勘助(かんすけ)に指示して城を整備・拡張し、城には勘助曲輪(くるわ)の名前も残っている。17世紀に徳川幕府が成立すると、武田氏の旧臣の保科氏、徳川氏の家臣だった鳥居氏、内藤氏が城主となった。

1871年の明治政府による廃城令により、城内の建物は全て取り壊された。荒れた城の姿を悲しんだ城勤めの武士たちが、桜を移植したことがきっかけで、現在では、樹齢130年以上の古木30本を含む約1500本のタカトオヒガンザクラが咲く全国でも有数の桜の名所として知られている。

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バナー写真:高遠城址公園の桜(PIXTA)

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