ニッポンの城

【日本100名城®】愛知県・名古屋城

歴史

名古屋城は、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康が、大阪の豊臣氏への備えとして築城した。巨大な天守、絢爛(けんらん)豪華な本丸御殿、広大な二之丸庭園などを備えた近代城郭の完成形といわれ、「尾張名古屋は城で持つ」とうたわれた。

愛知県・名古屋城

  • 築城年:1610年
  • 初代城主:徳川義直(とくがわ・よしなお)
  • 主な見どころ:西南隅櫓(すみやぐら)、東南隅櫓、西北隅櫓、表二之門(以上、重要文化財)、必勝カヤの木(天然記念物)、本丸御殿(復元)など
  • 料金:観覧料500円(大人)
  • 所在地:名古屋市中区本丸1番1号
  • 公式HPなど:特別史跡名古屋城

徳川幕府の威信をかけて築かれた近代城郭の完成形

名古屋城は、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康が、かつて今川氏、織田氏が拠点とした那古野(なごや)城の跡地に大阪の豊臣方への備えとして築城を計画。築城工事には加藤清正(きよまさ)、福島正則(まさのり)など、豊臣家との関係が深い20人の西国大名が動員された。屋根の上に金鯱(きんしゃち)を飾った5層5階地下1階の巨大な天守、絢爛(けんらん)豪華な本丸御殿、広大な二之丸庭園、高い石垣と深い堀など、当時の築城技術の粋を集めて完成した名古屋城は、近代城郭の完成形といわれている。家康の9男である徳川義直が初代城主となり、徳川幕府の260年間を通じて、御三家筆頭・尾張徳川家の居城として栄えた。

19世紀の明治政府の支配下では、宮内省所管の名古屋離宮として、皇族の宿泊などに利用されるようになる。その後、1930年に名古屋市へと下賜され、城郭としての国宝第1号(旧国宝)に指定されたが、45年、第2次世界大戦中の名古屋大空襲で天守、本丸御殿などの主な建物が焼失した。本丸御殿の天井や壁、襖(ふすま)に描かれていた狩野派の絵師の手による障壁画は、別の場所に保管されていたため焼失を免れた。現在は、計1047面の本丸御殿障壁画が国の重要文化財に指定されている。一部は西の丸御蔵城宝館で公開されている。

天守は、1959年に市民の寄付などにより鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建され、博物館として活用されていたが、設備の老朽化や耐震性の確保の問題から休館し、木造による復元に向けて調整が進められている。また2018年、本丸御殿の復元工事が完了して公開されている。

名古屋城本丸御殿(PIXTA)
名古屋城本丸御殿(PIXTA)

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