《広がるICT学習3》電子連絡帳『E-Traノート』がつなぐ学校と外国人家庭
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母語で伝える学校連絡
茨城県大洗町の町立大洗小学校は、全校児童約400人のうち、インドネシアなど外国ルーツの子どもが1割を占める。
放課後、日本語担当教員の菊地たか子さんは、パソコンで入力作業を始める。使っているのは、多言語連絡帳システムの『E-Tra(イートラ)ノート』。クラスや学年の「お知らせ」を家庭ごとにあらかじめ登録した言語で配信する作業だ。

E-Traノートの画面。左がインドネシア語、右が日本語の画面
『E-Tra』は「イー(E)感じ」に「Translation(翻訳)」するという意味の造語だ。「人と人をイー感じに繋いでくれる」という願いも込められている。学校からの連絡を日本語が苦手な保護者にも翻訳して届ける役割を、親しみやすく表したものだ。
教職員の作業は全て日本語で完結する。システムに登録された学校でよく使う500のフレーズや単語を収録しており、順に選ぶだけで家庭への通知が完成する。全てのフレーズや単語はあらかじめ専門の翻訳家によって対訳されていて、送信すれば家庭には保護者が登録した言語でメールが届く。写真やイラストの添付もできる。菊地さんは「他の方法でどうやって連絡を取るのか想像できないくらい、使わせてもらっています」と語る。
例えば、低学年では生活科や図工で使う箱や瓶などの空き容器を家庭から持ってきてもらう。だが、同様の習慣が無い国もあり、子どもの連絡帳だけでは親に伝わらないことも多かった。菊地さんは「母語のメールが保護者に届き、写真も添付されていれば、親も対応しやすくなる」と語る。
システム内には上履き、赤鉛筆、エプロンなど学校で使う基本的な学用品の単語が登録されており、運動会や修学旅行などほとんどの行事が網羅されている。「天候による保護者の迎えの依頼」「調査票の提出のお願い」などシチュエーションに合わせた定型文の組み合わせで2万通り以上の通知文が作成でき、状況に応じた連絡を伝えられる。

E-Traノートの画面。画面上で要件を選択すると定型の文章ができあがる
コロナ対応が導入を後押し
小沼正美校長はE-Traノート導入前の状況を振り返る。「新型コロナウイルス拡大時の急な休校の際、教員が外国ルーツの家庭に1軒ずつ電話し、『来週は休みになります』とか、『こういう場合はお休みしてください』などと説明をしていました。でも、日本語でのやりとりに不安がある保護者も多いし、効率が悪い。現場の要望を伝え、E-Traノートにインドネシア語を使えるようにしてもらえることになったため、導入を決めました。今では保護者への連絡が格段に早くなっています」
出欠確認など保護者の返答が必要な場合も手間はかからない。「今日は欠席させます」「今から登校させます」などの回答選択肢を保護者の母語で挿入できる。学校側は回答を日本語で確認できる。
言語によるコミュニケーションの壁を取り払うのが「E-Traノート」だ。
教員の負担を軽減
この仕組みは宇都宮大学の若林秀樹客員准教授が考案し、大手印刷会社が開発・提供している。料金は何人で使っても1校1カ月5000円と安価で、小学校と中学校を中心に全国約160校が導入済みだ。
若林准教授は元中学英語教員。栃木県小山市の公立中学校で外国ルーツの生徒向けの日本語教室を担当した時、家庭との連絡に労力と時間を注ぎ、保護者との信頼関係を築いていった。
だが、多くの教員は家庭との連絡に苦労とストレスを感じている。持ち物や家庭学習、修学旅行や行事など、学校から家庭への連絡の多くは、日本語のプリントや連絡帳で家庭に持ち込まれるが、理解できない保護者も少なくない。担当教諭が電話や訪問で伝えたり、言語別の助手が翻訳に追われたりして、教育に費やす時間を圧迫する例も報告されている。
若林准教授は、長年の現場経験などを生かしE-Traノートを考案。試作品の段階で、2019年の多言語音声翻訳コンテスト(総務省など主催)の最優秀賞を受賞した。「そもそも多言語で伝えることは教員の本来業務ではありません。教員が本来の業務である教育に注力できるよう、日本語で確実かつ簡潔に家庭と連絡できるシステムが必要と考えたのです」と語る。
正しく訳した定型文を組み合わせるので、誤訳を避けることができる。若林准教授は「スマートフォンには翻訳機能や翻訳アプリもありますが、現段階では誤訳は防げないし、自動翻訳が機能しにくい言語もあります。学校から保護者に間違いなく連絡できることが大切なのです」と振り返る。
対応言語は当初、ポルトガル語やスペイン語、パキスタンのウルドゥ語など9言語でスタート。現在はアフガニスタンの公用語であるダリ語やパシュトゥ語を追加し、11言語で対応している。
学力や日本語能力の向上を図るために家庭での学習は欠かせない。外国ルーツの子にとっても、その習慣化には保護者の理解が不可欠だ。言葉の壁が消えることはないが、今はICTを使うことで、保護者が子どもと学校に関わろうという姿勢を醸成できる。それが学習面でも良い効果をもたらす。
子どもの困りごとを減らす
子どもたちにも好評だ。インドネシアにルーツを持ち、日本生まれの6年生ネゲット・ユキミさんの母親は日本語を十分理解できないが、「E-Traノートの連絡を読んで、忘れ物をしないように声をかけてくれるので助かる」という。6年生のスマラウ・ケンゾさんは、「僕も伝え方がわからないから、イベントとか授業参観の時などにE-Traを使ってお母さんに説明しています」と活用例を語る。

スマラウ・ケンゾさん(写真左)、ネゲット・ユキミさん(写真右)
小沼校長は「子どもが安心して学校での学びや行事に取り組めるようになっている」と多言語連絡帳システムの効果を話す。「保護者が連絡内容を理解していないと、お弁当や体操服を用意してもらえないトラブルが起きるなど、子どもたちも大変。保護者に伝われば子どもが困らなくなります。その点が大きなメリットです」
信頼関係につながる情報共有
課題もある。メールを読まない、もしくは質問に返答しない保護者がいることや、他の大量のメールに埋もれて保護者が気づかないこともある。大洗小では「E-Traで送るから、家の人に読んでと言ってね」と児童に伝えることで、未読を防ぐようにしている。
若林准教授はE-Traノートについて、「学校と家庭の信頼関係を構築する効果が大きい」と説明する。「家庭と学校の間の信頼を築くものは情報です。学校で何が起きているのか、今日どんなことがあったのかを保護者に正確に、格差なく伝達することが、信頼関係の第一歩。日本人でも外国人でも、誰もが情報を共有してつながることが、教育の基盤になるのではないでしょうか」

E-Traノートの画面。保護者が選ぶ選択肢を簡単に表示する機能もある
外国人の子どもは増え続け、出身国も多様化している。「E-Traノート」は日本語教育だけでは補い切れない、家庭と学校を情報でつなぐ役割を担っている。
※写真は筆者撮影
※学年や学校の状況は2025年度時点
バナー写真:日本語を担当する教員の菊地たか子さん(写真左)、保護者に母語(インドネシア語)で届くメール(同右)



