日本の書

進化する書家・金澤翔子:『つきのひかり』展─最も月に近い会場で

文化 美術・アート

東京・六本木ヒルズ52階で個展「つきのひかり」を開催している書家・金澤翔子さん。横が15メートル超の大作や、4人組の人気バンド「SEKAI NO OWARI」(セカオワ)のボーカル・Fukaseさんとのコラボレーションなど、進化したエネルギーを解き放っている。

金澤 翔子 KANAZAWA Shōko

書家、雅号「小蘭」。1985年東京生まれ。書家である母に師事し、5歳で書を始める。2005年、初の個展「翔子 書の世界」を開催。その後、鎌倉建長寺、京都建仁寺、奈良東大寺などで個展を開催。2015年、ニューヨークで初の海外展を開催し、同9月にピルゼンおよび11月にプラハ(チェコ共和国)で個展を開いた。母との共著に、『魂の書 金澤翔子作品集』、『海のうた 山のこえ―書家・金澤翔子 祈りの旅』ほか多数。

金澤翔子さんは、書道教室を営んでいた母・泰子さんの下で5歳から書道を始めた。幼少期から今までの作品を一挙に集めた個展「つきのひかり」を2021年12月22日から22年1月8日まで、六本木ヒルズ52階の森アーツギャラリーで開催している。これまでに開催した展覧会の中で、最も月に近い会場となった。

「旅立ち」「自立」「飛躍」の3テーマからなる展覧会。前半は20歳で開いた最初の個展から15年の足跡を、後半は現代アートのような個性的な作品を集めている。デビューから今までに東大寺や法隆寺などさまざまな場所で揮毫(きごう)し奉納をしてきた。揮毫の依頼は途切れることなく、デビューから国内外合わせて1200カ所以上を訪れている。四曲屏風(びょうぶ)を170隻(せき)も書いてきた。一番心に残っている書は、「風神雷神図屏風」を見ないまま書いたにもかかわらず、同じ構図となり、周囲を驚かせた京都・建仁寺(けんにんじ)に奉納した「風神雷神」だという。

展示されている50点を超える書は、縦4メートル、横15メートルの紙に重さ20キロの筆で書いた超大作「心に光を夜空に月を」、建仁寺にある俵屋宗達作「風神雷神」の屏風図、セカオワのFukaseさんが寄せた2つのメッセージ、10歳の時に書いた「般若心経」を起点とする経典の数々、文学作品からの抜粋、現代アートと見まがう新作「一文字シリーズ」など、幅広い作品を含み、創作現場も再現している。

縦4メートル、横15メートルの紙に20キロの筆で書いた作品
縦4メートル、横15メートルの紙に20キロの筆で書いた作品

「翔子は、知らないうちに進化してしまいました」と、母泰子さんは語る。「私は伝統的な書道を習ってきたので、彼女の最近の書が気に入らなくて、今回も叱って泣かせてしまいました。でも、出来上がってみたら、今風で時流に合っていて、彼女は私の想像を超える進化をしたのだと気付かされました」とほほ笑む。

ほとばしる感性を表現した書は、まるで現代アートのようだ。
ほとばしる感性を表現した書は、まるで現代アートのようだ。

セカオワ・Fukaseさんからのメッセージ

内覧会に訪れたFukaseさんは、東京・大田区の小学校で翔子さんと3年生まで同級生だった。翔子さんから展覧会のタイトル「つきのひかり」に言葉を寄せてほしいと頼まれたFukaseさんは、すぐに無料通信アプリのLINEで「あなたの光で夜道を照らす」と送った。「僕自身、足元が見えない夜道を長いこと歩いてきたので、いろいろな方からいただいた光で、誰かの足元を照らせたらと思い、この言葉を選びました」。もう1点『銀河街の悪夢』から歌詞の一節を選んだ。「ヘロヘロだった10代の僕が苦し紛れに書いた詩が、翔子さんによってしっかり自分の足で立っている全く別のものになっていて驚きました」

Fukaseさんは「翔子さんの書には、『自然の驚異』のようなオーラがあります。対面しているものが温かく感じることがある一方、災害のように残酷で驚異となる自然を見ているような印象です。でも、ここでの自然は温かい印象です」と語る。絵を描いたり、絵本を出したり、最近は俳優業もこなすFukaseさんにとって「表現者は、特別なことでなくて当たり前のことに新しい解釈を与えます。(翔子さんの書を見て)字にこんなにも感情を込められるとは」と驚いていた。

セカオワのFukaseさんから贈られた「銀河街の悪夢」の曲からの一節(写真上)。「書にしたことで強いメッセージになった」とFukaseさん(写真左下の右端がFukaseさん)。
セカオワのFukaseさんから贈られた「銀河街の悪夢」の曲からの一節(写真上)。「書にしたことで強いメッセージになった」とFukaseさん(写真左下の右端がFukaseさん)。

建仁寺に奉納された書と屏風のレプリカ。
建仁寺に奉納された書と屏風のレプリカ。

「龍翔鳳舞」(奥)と「般若心経」(手前)
「龍翔鳳舞」(奥)と「般若心経」(手前)

山(左)と風
山(左)と風

7年目の一人暮らし

ダウン症の翔子さん1人暮らしは7年目を迎えた。ランニングマシンを部屋に置き、12キロのダイエットに成功した。最初は1人で暮らすのは無理だろうと思っていた泰子さんも、今では翔子さんが繰り出す数々の才能に驚きを隠せない。「料理はカップも計りも使わずに、YouTubeと勘だけで、すごくおいしく作るんです。タンドリーチキンなんてびっくりするおいしさです」。タブレット端末も上手に使いこなす。ストリートピアノを見つければ、自己流ながらも目を見張るような演奏をする。ロックバンドに呼ばれて歌に合わせて揮毫した際には、リクエストに応えて得意のダンスを披露。初めて聴く曲なのに、テーマを感じ取って明確に表現したり、ステージいっぱいに全身動かしたりして、満場のスタンディングオベーションだったという。

まるで笑っているような「笑」、降っているような「雨」
まるで笑っているような「笑」、降っているような「雨」

「みなさん、いらしてください!」と手招く翔子さん。
「みなさん、いらしてください!」と手招く翔子さん。

2021年から、22年へと年をまたいで開催する18日間の展覧会の案内には、「これまでの道のりを振り返り、これからの飛躍に向けて踏み出す。そんな場をつくりたいと思いました」とある。「みんなに元気と、ハッピーと感動を」と繰り返す翔子さんは、会場いっぱいにエネルギーを放ち、「涙の中にも、希望がありますように。夜道にも、光が見えますよう」にと訪れる人の足元を月の光のように温かく照らしている。

Fukaseさんから展覧会「つきのひかり」に寄せて贈られた言葉
Fukaseさんから展覧会「つきのひかり」に寄せて贈られた言葉

【展覧会の詳細】

  • 会期:2021年12月22日(水)〜 2022年1月8日(土)<18日間>
    ※全日日時指定制
  • 開館時間:午前10時~午後8時(最終入館 午後7時30分)
  • 会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
  • 料金:「前売りチケット」一般 2100円 高校・中学生 1000円 小学生 500円
    ※小学生未満無料
    ※障がい者手帳を持っている人は、本人と介助者1人まで入館無料。
  • 「当日窓口」一般 2300円 高校・中学生 1100円 小学生 600円 ※小学生未満無料
  • HP: https://k-shoko.org/

写真=土井恵美子(ニッポンドットコム編集部)

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