いま、日本の宇宙は座標のどこに位置するか|日本の宇宙政策(4)
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第4次宇宙基本計画の策定
日本政府は今年、新たな宇宙基本計画を策定することとなりました。2020年3月までに内閣府の宇宙政策委員会(の基本政策部会)で現行宇宙基本計画の改定案を策定。その後、パプリックコメントを経て、最終的に6月に宇宙開発戦略本部(本部長・内閣総理大臣)で決まる予定です。これが、第4次宇宙基本計画となります。
これまでの基本計画を振り返ってみましょう。この連載で前回登場した宇宙基本法(2008年)は、宇宙の平和利用解釈を変えただけではありません。宇宙基本法に基づき、内閣に設置された宇宙開発戦略本部が日本の「宇宙開発利用に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図る」(同法第24条)ために「宇宙基本計画」を策定するのです。
これにより、文部科学省=宇宙研究開発全般、内閣=情報収集衛星、総務省=通信衛星、国土交通省=気象衛星、交通管制、経済産業省=宇宙ビジネスと、縦割りに政策を決定し宇宙活動を行っていた時代は終わり、内閣の宇宙開発戦略本部が司令塔となり、機動性をもって政策を定め、遂行する態勢が整ったのです。
宇宙基本計画は、これまで3回策定されました。第1次宇宙基本計画(2009年)は、開発から利用への方向転換を目指しました。これは、連載第2回に載せた日米衛星調達合意(1990年)による宇宙産業への打撃も関係しています。
ここでおさらいしてみます。日米合意では、研究・開発衛星以外の衛星―いわゆる実用衛星―と安全保障衛星(当時の日本の政策では製造不可能)以外は公開入札制度のもとに置かれ、日本企業が落札できなくなっていました。そのため、JAXA(2003年以前はNASDA)は、1基ごとに性能の異なる研究・開発衛星の開発にいっそう力を入れ、その製造を企業に発注することにより、日本の宇宙技術基盤の維持を図ってきました。
しかし、1990年からの20年間近く、日本は最先端技術ミッション機器を搭載した衛星は製造できるが、継続が重要な同型の通信衛星や地球観測衛星などを運用することにおいては、他の宇宙先進国よりも劣勢となり、実用衛星製造・運用の経験不足は、宇宙の商業利用拡大の妨げとなっていました。
また、日本では宇宙の軍事利用が禁止されていたため、企業は政府が獲得した宇宙軍事技術からのスピンオフ技術の利用ができず、民間が軍事衛星製造や打ち上げを受注することによる宇宙産業基盤の確立もかないませんでした。
その後に改定された、第2次宇宙基本計画(2013年)では、宇宙の安全保障利用が可能となったこともあり、20年以上続いた低迷期を脱するためにも①宇宙の実利用のいっそうの拡大とともに、②日本が必要とするときに必要な衛星をすぐに打ち上げ、運用することができるように確保する、という意味での自律性の確保、が強調されました。
第3次計画:工程表による柔軟な対応
2015年1月9日に宇宙開発戦略本部が決定した第3次宇宙基本計画が、現在の日本の宇宙基本計画です。前2回とは異なり、第3次計画は1回文書を出したらおしまい、というものではなく、毎年工程表を改定し、それをインターネット上で公表しています。
工程表とは、宇宙基本計画に記されている53の施策のそれぞれについて、①2025年までの成果目標、②当該年度末までの達成状況や実績、③翌年度以降の取組―について記したものです。
成果目標は、宇宙基本計画で定めたものから変わりませんが、例えば新しいロケットや衛星の打ち上げは、さまざまな要因に左右されますから、予定通りにいかないこともあれば、前倒しになることもあります。達成状況を記し、今後に向けて計画を修正していくことは、所期の目標達成に必要な作業です。
工程表をインターネットで公表することにはメリットがあります。例えば、国連などが推奨する、各国の宇宙政策の情報公開・発信の一部となり、日本がどのような発想・計画の下、何をしているかを示すことにより、各国からの信頼が向上します。世界的にも米国の国家宇宙政策(大統領ごとに1、2回策定)、中国の宇宙白書(5年に一度公表)、欧州連合や欧州各国、豪州などが公表する宇宙政策、宇宙戦略も同じ目的により、インターネットで公表されています。
インターネットでの工程表公表はまた、特に日本の産業界への予見可能性向上に資することにもなります。宇宙ビジネスに携わる企業は、政府衛星やロケットの開発期間、打ち上げ時期、衛星の運用年数等の最新情報が明記されると、受注を目指して投資や雇用などの計画が立てやすくなります。そのため、工程表の作成、公表は宇宙産業促進支援の1つの方法である、という考え方もあります。
現在、今後10年を見据えた第4次宇宙基本計画が策定中です。ここでは、第3次宇宙基本計画が決定した2015年からの5年間、日本の宇宙政策が何を目指し、どこまでそれが実現したのか、その全体像をみていきます。
第3次宇宙基本計画の3本柱
現行宇宙基本計画は3本柱からなっています。①宇宙安全保障の確保、②民生分野における宇宙利用の推進、③宇宙産業および科学技術の基盤の維持・強化―です。
安全保障の確保が宇宙基本計画の目標に入ったのは第3次計画が初めてのことです。しかも、「我が国の宇宙政策の目標のうち、『宇宙安全保障の確保』を重点課題として位置付け」るとされました。それだけ、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増してきた、というわけです。それを自覚したからこそ、宇宙開発戦略本部は、第2次計画の策定からわずか2年後に計画を改訂したとも言えます。
第1の柱 宇宙安全保障の確保
それぞれについて説明しましょう。第1の柱である「宇宙安全保障の確保」には2つの目的があります。1つは、宇宙空間自体の安全保障を向上させることです。そのために、軌道上を航行する物体(機能する物体とデブリの双方)の任意の時刻における位置と移動の方向性、さらには最近では物体の特色や性能までも明らかにしようとする宇宙状況監視(SSA)の強化が図られています。もう1つは、宇宙空間の活用により地上にもたらされるデータ、データに他の知見を加えて創出した情報などを利用して日本の安全保障能力を強化することです。
現行防衛大綱は、継続的な情報収集などを超えて、日本が攻撃された場合、攻撃を阻止し反撃するための実効性のある道具として宇宙も活用する-宇宙のミリタリゼーション-と宣言しました。第3次宇宙基本計画の宇宙の安全保障利用にぐっと強いフォーカスがかかったというイメージで捉えてもよいかもしれません。民生と広義の安全保障を扱う宇宙基本計画も、日本の防衛利用における劣勢を補うべく、世界の宇宙開発利用状況も考慮に入れて、総合的に今後10年を見据えた政策を考える必要が出てきました。
第2の柱 民生利用の推進
2本目の柱は「民生利用の推進」です。宇宙基本法以後の10年、研究開発偏重から利用拡大に向けて努力を重ねてきた分野です。
その中で、気候変動や災害多発、海賊行為による海上交通の危険などの地球規模の課題に対して、問題解決に資する良質のデータを提供することは、これまで先端的な衛星センサーの研究開発に力を注いできた日本の得意分野です。特に、鋭敏な温室効果ガス観測センサーを搭載したGOSAT-2(いぶき)、水循環変動を観測するGCOM-W(しずく)、長期にわたる地球全体の環境の変化を画像で捉えるGCOM-C(しきさい)衛星などの実力は世界的に高く評価されています。
しかし、民生利用のもう1つの大きな目標である宇宙産業の創出では、苦戦が続いています。現状、比較的宇宙小国でありながら、多様な衛星データ利用のソフトウエア開発に長けた英国やカナダにも宇宙利用サービス部門では負けている、という状況です。これを反転させること、それが第2の柱での目標でした。
5年かけて、日本も海外衛星市場の獲得や、ベンチャー企業の育成など、基本計画の目標達成に向けてある程度の成功は収めた、とは言えます。しかしトップ集団との差が縮まったかというと、肯定的には答えられない部分も少なくありません。米国や中国の宇宙ベンチャーの発展が速く、力強いからです。
第3の柱 産業・科学技術基盤の強化
そして第3の柱は「産業・科学技術基盤の維持・強化」です。宇宙安全保障能力強化、産業振興、宇宙科学の発展、地球規模的な課題を宇宙技術で解決する試みなどのすべては、科学技術基盤が強靱(きょうじん)でなければ実現し得ないものです。衛星打ち上げを必要なときに自在に行い得る自前の射場、ロケット、衛星なしには日本の自律的な宇宙活動はあり得ず、宇宙を利用した価値の実現も不可能です。
そのような観点から3本目の柱は、安全保障と民生利用推進に資する基盤を構築するための方策を検討します。その中には、宇宙システム構築だけではなく、人的基盤、法制度整備なども含まれます。
連載の第1回で、新たな防衛大綱により、日本の防衛のために行う宇宙の利活用が質、量ともに変わるであろうことを記しました。第4次宇宙基本計画はそれに応えるものとなるでしょう。
第1次宇宙基本計画(2009年) | 衛星の研究・開発へ注力することから、宇宙の利用に重点を置くことに方向転換 |
第2次宇宙基本計画(2013年) |
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第3次宇宙基本計画(2015年) |
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第4次宇宙基本計画(2020年6月予定) |
バナー写真:国内の宇宙ベンチャー企業の一つispace(アイスペース)は 日本で初めてとなる民間開発の技術で「月面着陸」と「月面探査」のミッションに挑む。写真は2019年8月に公開された、月面探査で使用する実寸大の着陸船(時事)