今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:3月27日

日本が国際連盟から脱退

1933(昭和8)年 日本が国際連盟に対し正式に脱退を通告した。第1次世界大戦後に発足した国際連盟に日本は当初から加盟。常任理事国として、国際紛争の平和的解決や軍備縮小などを推進する立場にあった。その日本が脱退したのは、満州(中国東北部)への進出をめぐる連盟各国との対立が原因。2月24日の国際連盟総会で満洲事変以降の日本の責任を問い、満洲国設立を認めないとの勧告案が示された。採決の結果は、賛成42カ国、反対は日本のみだった。松岡洋右全権代表はこの勧告を拒否して退場。日本は1カ月後に脱退通告し、日中戦争、太平洋戦争への道を突き進む。

経営危機の日産、仏ルノー傘下入り

1999(平成11)年 経営危機に陥った日産自動車がフランスのルノーと資本提携。ルノーの傘下入りで経営再建を図ることとなった。ルノーは日産に6430億円(50億ユーロ)を出資し、ルノーが日産株式36.8%(現在43.4%)、日産ディーゼル工業の株式22.5%(同0%)を取得。ルノーの副社長だったカルロス・ゴーンが日産の最高経営責任者(CEO)に送り込まれた。ゴーンCEOは「日産リバイバルプラン」を掲げ、工場の集約化や部品購入先の絞り込みなど徹底したリストラを進めた。日産の収益力は急速に回復し、事業規模、利益でルノーを大きく上回ってきた。

その他の出来事

1904(明治37)年 日露戦争時、広瀬武夫海軍少佐が部下を捜しているうち、敵弾を浴びて37歳で戦死。戦艦「朝日」の水雷長として日露戦争に従軍。第2回旅順港閉塞(へいそく)作戦で爆薬を積んだ貨物船の自沈作戦を指揮した。同船の沈没間際まで行方不明の部下杉野孫七兵曹長を捜索。退避が遅れて被弾・戦死。没後、中佐に進級し、海軍の軍神第1号として士気高揚に寄与した。軍人の鑑とされ小学校教科書に登場。文部省唱歌『広瀬中佐』は多くの国民に愛唱された。

1912(明治45)年 日本から米国に贈られた桜の苗木が首都ワシントンで植樹された。日米友好親善の象徴として日本の桜を持ち込もうと運動したのは知日派の女性紀行作家。尾崎行雄東京市長が応じ3020本を送り、大統領夫人も参加してこの日に植樹式が行われた。植えられたのはポトマック川のほとり。日本人移民排斥、太平洋戦争などの不幸な時代も乗り越え、今でも春になるとソメイヨシノなど2000本の桜が咲く。開花時期に開催される全米桜祭り(“Cherry Blossom Festival”)には多くの観光客が訪れる。

1992(平成14)年 春の選抜高校野球第64回大会で、星陵(石川)3年の松井秀喜が3ホームランをたたき出した。前年秋、球場からラッキーゾーンが撤去されて初の甲子園。このことを聞かれても「僕には関係ありません」と強気のコメントをしたとおり、1回戦の宮古(岩手)戦で2打席連続本塁打を放ち、7打点を挙げた。2回戦の堀越(東京)戦でも2試合連続となる2ラン。第64回選抜では大会を通しての本塁打数は計7本(ラッキーゾーンのあった前年は18本)。高校生離れした強打力を見せつけた。

ルノー 日産 国際連盟 ワシントン 松井秀喜