今日は何の日:On This Day in Japan

今日は何の日:5月14日

昭和の大横綱大鵬が引退表明

1971(昭和46)年 第48代横綱大鵬が引退を決め、二所ノ関部屋で記者会見した。大相撲夏場所中で、前日、小結貴ノ花(当時、元大関)に敗れたのが現役最後の一番だった。1960年代に活躍し、ライバルといわれた柏戸とともに「柏鵬 (はくほう) 時代」を築いた。優勝32回、6連覇2回、45連勝などを記録し、昭和の大横綱と称された。69(昭和44)年、30回優勝を記念して日本相撲協会から一代年寄「大鵬」の名跡を贈られた。

「ウルフ」千代の富士 涙の引退

1991(平成3)年 第58代横綱千代の富士が引退。夏場所初日、前頭貴花田(当時、後の第65代横綱貴乃花)に敗れ、3日目の貴闘力戦にも敗退し、その夜緊急記者会見で引退を表明した。会見の冒頭、「体力の限界…」と口にした後、言葉が出ない。ハンカチで涙を押さえ「気力もなくなり、引退することになりました」と絞り出すように続けた。あと1回で大鵬の32回に並ぶ最多優勝記録。「ウルフ」と呼ばれた大横綱が無念さを吐露した。力士としては小柄で、肩の脱臼にも悩まされた。それをカバーするためウエートトレーニングで筋肉を付けた。努力を積み重ねた末の引退表明は、ちょうど20年前に横綱大鵬が土俵を降りたのと同じ5月14日だった。

その他の出来事

大久保利通、凶刃に倒れる

1878(明治11)年 内務卿大久保利通が暗殺された。明治天皇に面会するため、早朝馬車で自宅を出て紀尾井町清水谷に差し掛かったところ、帯刀し待ち伏せしていた6人に馬車から引きずり降ろされ惨殺された。西郷隆盛、木戸孝允(桂小五郎)と並んで「維新三傑」と称された大久保の遭難は「紀尾井坂の変」といわれる。77(明治10)年の西南戦争で、薩摩藩時代からの盟友である西郷の討伐を指揮したことで、政府に反発する不平士族の恨みを買った。テロの首謀者が石川県人だったため規模の大きな同県の勢力をそぐ目的で、政府は旧越前国を福井県に、旧越中国を富山県に分割した。

民間の唱歌教科書が発刊

1888(明治21)年 小学校用唱歌教科書『明治唱歌』第1集が発刊された。詩人・国文学者の大和田建樹、雅楽師・作曲家の奥好義が編集し、全29曲を収録。明治25年発行の第6集まで作られた。スコットランド民謡など外国曲を基に大和田が作詞した作品が多いが、一部に奥ら日本人が作曲したものも収載された。文部省音楽取調掛(後の東京音楽学校、現東京芸術大音楽学部の前身)が編集した『小学唱歌集』とは異なり、民間で作られ文部省の検定を受けた教科書。

喜劇王・チャップリンが初来日

1932(昭和7)年 「喜劇王」と呼ばれたチャールズ・チャップリンが日本訪問。チャップリンは4回訪日しており、世界周遊の途上、初来日だった。翌日には海軍将校らのクーデター五・一五事件が起こるが、滞在を続けた。歌舞伎や相撲を楽しみ、斎藤実首相、永田秀次郎東京市長らと会談した。

アイヌ文化振興法が公布

1997(平成9)年 アイヌ文化振興法が公布された。正式名称は「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」。日本の少数民族、アイヌを固有の民族として初めて法的に位置づけた法律で、「アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現」を目的に、国と地方自治体の責任としてアイヌ語やアイヌ文化の継承者の育成、調査・研究、国民への啓発などの文化振興策を行うと定めた。これにより、明治政府が同化を目的に制定し、アイヌ民族に適用されてきた「北海道旧土人保護法」が廃止された。新法でも、アイヌの人々が求めていた先住権などの民族の権利は盛り込まれず、先住民族の権利が見直されている先進国と比べ、日本は大きく後れていた。こうした現状を改善するため、初めてアイヌを「先住民族」と規定したアイヌ新法が2019(令和元)年にやっと、成立・施行された。

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