民主党政権の安全保障政策の停滞と前進

細谷 雄一【Profile】

[2012.06.04] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

2009年の民主党政権成立後、普天間基地移設問題などで混乱した外交、安全保障政策。細谷雄一慶応義塾大学教授は、混乱の中にも、新しい可能性の萌芽がみられると指摘する。それは何か。

2009年9月16日の民主党政権成立以降、想定していなかったような危機が連続している。なぜそのような危機が続いたのか。総選挙において民主党は外交や安全保障を選挙の争点とはせず、むしろ「国民の生活が第一」という大きなスローガンを掲げた。ところが、民主党政権ではむしろ、外交政策や安全保障政策、さらには危機管理をめぐり大きな困難に直面し、それが契機となり、次第に国民の信頼が揺らいでいった。確かに、外交は選挙での票にはならないかもしれない。しかしながら、外交がうまくいくかどうかは、そのまま国民の生命にも直結する問題だ。健全な国際政治観を有し、適切な外交政策を進めることができなければ、それは国民の信頼を失うことになるだろう。

民主党政権の安全保障政策が混乱した理由

民主党政権における安全保障政策に関する最初のつまずきは、鳩山由紀夫首相(当時)自らがもたらした。米軍普天間基地の移設問題をめぐる日米間の摩擦と相互不信の増大である。日米同盟の絆が弱まれば、必然的に東アジアのパワー・バランスを崩す結果となる。それが中国のより積極的な海洋進出を招くことで、意図せぬ形の日中間の衝突が生じることは、いわば必然でもあった。2010年9月には尖閣沖漁船衝突事故が起きた。中国政府がより積極的に海洋進出を進めていき、また米国オバマ政権下の国防総省もそれに対応してアジア太平洋戦略を大きく変容させ、東アジアの戦略環境が大きく動揺していた。そのように戦略バランスが脆弱に流動化するなかで、鳩山首相は「東アジア共同体」や「友愛外交」といった抽象的な理念を掲げて、安全保障の現実を直視していなかった。それは大きな問題であった。

さらには、東日本大震災や、記録的な津波被害、そして福島第一原子力発電所の事故のような想定されていなかった大規模災害が生じた。このとき、菅直人首相(当時)は比較的迅速に自衛隊を被災地に派遣したものの、大規模な原発事故をめぐる混乱がその後の政府の政策を徐々にむしばんでいった。複数の官庁が異なる立場を示し、それをトップレベルで調整することは容易ではなかった。省庁間での意見の調整は十分に行われず、首相官邸には異なるラインから異なる情報や提言が上げられた。そこに大きな混乱が見られたのだ。

超党派で成熟化に向かう対外政策

しかしながら、このような安全保障政策の停滞や混乱の中に、新しい可能性の萌芽がみられる。例えば、2010年12月に閣議決定された新しい「防衛計画の大綱」(防衛大綱)は、斬新で画期的なものとなった。冷戦構造を前提にした従来の「基盤的防衛力構想」を明確に放棄して、新たに「動的防衛力」(関連記事)という概念を導入したことで、防衛力がより合理的に整備され、不透明な脅威に対して自衛隊がより効果的に対処できる態勢を取ることが可能になった。それを策定するうえで、仙谷由人官房長官、前原誠司外務大臣、北澤俊美防衛大臣、野田佳彦財務大臣(いずれも当時)という、安全保障に関して優れた見識を持つ閣僚が頻繁に会合を重ねて、「4大臣会合」として意見調整を実現した。それは、民主党政権下の「政治主導」が成功した実例といえる。

さらには、2011年12月には、藤村修官房長官が武器輸出三原則を、現代の国際的潮流に適切な形に変更していく談話を発表した(関連記事1)(関連記事2)。 自民党政権で長らく必要と認識されていながら、惰性から実行されることのなかったいくつもの重要な政策の変更について、民主党政権は短い期間で重要な決断を行った。それらについて、野党である自民党が厳しい批判を行わなかったのは当然でもあるが、賞賛されるべき姿勢といえるだろう。

このようにして、対外政策の基本をめぐり、自民党と民主党の間に超党派の合意が生まれつつあることは極めて重要なことだ。それは、日本の安全保障政策が成熟してきた証拠である。米国や英国などの先進民主主義諸国でも、やはり対外政策ではそのようなおおよその超党派的合意がみられ、そのことが両国の外交の質を維持している。もちろん、政権交代を機にして新しい課題に取り組むことは必要だ。しかし国民の生命に直結する安全保障政策について、政局的な判断に流されて、軽率な行動に出るべきではない。対外政策の観点からも、日本は成熟した民主主義国家になりつつある。

次なる課題は「国家安全保障会議」の設置

次の段階に必要なのは、政府のトップが困難な課題や巨大な危機に適切に対処可能にするために、日本版の「国家安全保障会議(NSC)」を設置することであろう。安倍晋三政権の下で設置された「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」が報告書を発表して、日本版NSC設置の提言を行ったのは、5年前の2007年2月のことである。また、民主党政権が作成した新しい防衛大綱では、「首相官邸に国家安全保障に関し関係閣僚間の政策調整と内閣総理大臣への助言を行う組織を設置する」と明言され、民主党内では外交・安全保障調査会が日本版NSC設置の提言を行っている。(関連記事)しかし、それがいまだに実行に移されていない。民主、自民両党ともそれを賛成し、防衛大綱にも記述されていながらも、政治が動いていないのだ。

集団的自衛権の行使についても、前原元外相や玄葉光一郎外相が「行使はできない」とする政府の憲法解釈を見直す必要性を指摘しながらも、まだ前進が見られない。福田康夫首相から野田首相に至る5年間に、これらの重要な問題について大きな決断ができないでいる。巨大な危機は、そのような停滞を待ってはくれない。国民の生命を脅かす巨大な危機が訪れる前に、必要な措置を政治が決断してくれることを望みたい。(2012年5月28日 記)

タイトル背景写真=時事通信社

  • [2012.06.04]

nippon.com編集企画委員。慶應義塾大学法学部教授。1971年千葉県生まれ。立教大学法学部卒業。2000年慶大大学院政治学専攻博士課程修了。北海道大学法学部、慶大法学部などの専任講師を経て2006年慶大法学部助教授。2011年から現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交——戦後ヨーロッパの形成、1945-51年』(創文社/2001年/サントリー学芸賞受賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房/2005年)、『倫理的な戦争——トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会/2009年/読売・吉野作造賞受賞)など。

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