ライバル登場にシリーズ化で対抗
マツウラは、日本列島が弓なりに反ったヘソの部分に位置する福井市に本社工場を構えている。初代・敏男氏が東京での丁稚奉公で身に付けた技術を基に1935年8月、郷里に戻って、旋盤部品の下請け工場を始めた土地だ。21歳だった。
「創業者はカリスマ職人だった。筋の良い機械だと『これは顔が良い。美人だ。売れる』とぱっと分かる。先代(正則氏)も勘がすごく良く、『これで行こう』と突っ走るタイプだ。初代がものづくりの礎を築き、先代がそれを商売として世界に行脚して売っていった。彼らが作った土台を強く、大きくしていくのが私の仕事だ」と、3代目社長は言う。
世界30位のソディック(横浜市)が今年10月から、金属3Dプリンターの新製品の販売を開始すると発表した。ついにライバル登場だ。これについては、「ユーザーの選択肢が増えるし、金属積層造形複合加工を広めるメンバーが増える」と歓迎。今は1機種のLUMEXだが、「サイズのもっと大きなものを作りたいというニーズもある。これからはシリーズ化していく」ことで対抗する方針だ。
2014年度から始まった、世界最高水準の次世代産業用3Dプリンターを技術開発する国家プロジェクトにマツウラは参画した。従来の欧米製より精度で5倍、造形速度で10倍というものだ。「福井の片田舎にいながら、1年の3分の1近くを海外で売り込みに歩く」松浦勝俊社長のビジネス行脚はこれからも続く。
【企業データ】
株式会社松浦機械製作所
〒910-8530 福井県福井市漆原町1-1
代表者:松浦勝俊
事業内容:工作機械(マシニングセンタ)製造・販売/金属光造形複合加工機製造・販売/CAD・CAMシステム販売
資本金:9,000万円
従業員:292名
Tel:(0776)56-8100
ウェブサイト:http://www.matsuura.co.jp/japan/index.html
| 1935年 | 松浦機械製作所創業。旋盤部品の下請け加工を始める |
| 1936年 | 旋盤の生産始める |
| 1940年 | 戦時体制下で旋盤の製造中止 |
| 1945年 | 空襲で勝見工場消失、第2工場閉鎖 |
| 1945年 | 終戦 |
| 1957年 | フライス盤の生産・販売開始 |
| 1960年 | 個人の町工場から株式会社に改組 |
| 1961年 | 世界初のプログラム制御自動フライス盤の生産・販売開始 |
| 1964年 | 数値制御自動フライス盤開発 |
| 1974年 | 立形マシニングセンタの生産開始 |
| 1985年 | 米ナショナル・マシナリー社と提携 |
| 1988年 | カナダ・エリオットマシナリー社設立 英ボーモント社設立(松浦20%出資) |
| 1991年 | 英国マツウラ・テクニカル・センターヨーロッパ設立 |
| 1993年 | MC出荷累計1万台達成 |
| 1996年 | 英レスターシャ―州に欧州生産・販売拠点マツウラ・マシナリー設立 |
| 1999年 | リニアモーター駆動のリニアモータマシンの生産・販売開始 |
| 2001年 | マツウラ・ヨーロッパ(MEG)をドイツに設立 |
| 2002年 | 世界初の「金属光造形複合加工機」を松下電工と共同開発 |
| 2003年 | 米マサチューセッツ州に北米販売拠点MMTS新設 |
| 2009年 | 5軸複合マシニングセンタ「CUBLEX-63」開発 |
| 2013年 | 米ミネソタ州に「マツウラ・マシナリー」(MMU)設立 |
| 2014年 | 経産省の「次世代型産業用3Dプリンタ」技術開発プロジェクトに参画 |
取材・文=長澤 孝昭(一般財団法人ニッポンドットコム・シニアエディター/ジャーナリスト)
バナー写真=技術本部AMテクノロジーの漆崎(うるしさき)幸憲ゼネラルマネージャー

