マリの現状
降水量が少なかった2011年、マリは厳しい試練に見舞われた。とくに当初予想で西アフリカ諸国の穀物生産量が大幅に増加すると見られていただけに、失望は大きい。収穫高の詳細なデータがまとまった現在、政府の専門家は以前より悲観的な判断を迫られている。
北部地域がサハラ砂漠に突き出たマリは、砂漠化が進むサヘル気候帯に位置している。だが周辺諸国に比べれば、それでも厳しい気象条件に対応する態勢が整っている。
マリには食糧供給の安定化をめざすうえで、3つの強いプラス要因がある。第1に、マリでは20年にわたって民主政権が続き、2012年には5回目となる大統領の自由選挙が実施される予定だ。このため安定した政策立案が可能となり、政府や政治家に対して一般市民のニーズを重視する必要性が圧力となっている。
第2に、国土を貫いて流れるニジェール川によって巨大な内陸デルタが形成されていることだ。そこには広大な農地が作り出され、サハラ砂漠の南縁にある古都ティンブクトゥの周辺でも灌漑が可能となっている。マリは西アフリカの穀倉地帯となることをめざしている。
第3の要因は、マリは多量の金埋蔵量を誇るにもかかわらず、歴代政権が農業を重視し、小規模農家の生産性向上と大規模な食糧備蓄の構築を優先していることだ。
マリのアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ大統領はnippon.comの取材に対し、「人間にとってまず必要なのは自らの食糧を確保することだ。我々は食糧安全保障を超えて、食糧主権をめざしている」と話した。大統領によると、マリは輸出用作物として綿花も生産しているが、穀物の収穫を優先している。綿花の価格は制御できないが、食糧生産は貧困と戦ううえで国の強力な基盤となり得るからだ。「わが国は食糧生産に多額の助成金を支給している」とトゥーレ大統領は言う。
笹川アフリカ協会による安価な肥料を草の根レベルで農家に供給する計画はまだ道半ばであり、彼らが肥料を入手できるかは、補助が適用された資材を扱う業者と取引しているかに左右される。だが、この作業は著しい成果をあげつつある。
子どもの飢餓を根絶する
2015年までに飢餓または栄養不良によるアフリカの子どもの死を根絶する――。これは2010年に国連食糧農業機関(FAO)のジャック・ディウフ事務局長と当時アフリカ連合の委員長だったマラウィのビング・ワ・ムタリカ大統領が掲げた意欲的な目標だ。
2009年から2010年の間に、サブサハラ・アフリカで推定2億6,500万人が栄養不良に陥った。FAOは、2010年にサブサハラ・アフリカの人口の30%が飢えに苦しんだと見ている。これらの数字を考慮すると、2015年の目標は非現実的に思えるかもしれない。だがそれは、部外者が考えるほど不可能な目標ではない。
ディウフ事務局長は、アフリカが広大な耕作地と水に恵まれている点を指摘する。適切な方策さえ取れば、農業生産を押し上げ、収入と食糧安全保障を大幅に改善できるだろう。アフリカでは2008年だけで穀物生産が12%増加している。
この課題にはアフリカ各国政府が自力で取り組むべき面も大きいが、場合によっては外部からの支援や緊急援助も必要だ。2003年、アフリカ各国政府は国家予算の少なくとも10%を農業に配分すると約束した。だが、これまでにこの目標を達成できたのは9カ国にとどまる。一方、外国からの農業向けの資金支援は、他の開発項目に比べて減少している。ディウフ事務局長は、農業に対する過少投資がアフリカの飢餓と栄養不足の主な原因とみている。農業への投資拡大による潜在的効果が大きいことは明らかだ。
笹川アフリカ協会の具体的な実績
笹川アフリカ協会はマリの南東の端にあるメディナ村で10年にわたり活動してきた。地元の女性農業グループのディアワラ・ジェネバ・ディアナネとディアワラ・ファンタ・バガヨヨは、笹川アフリカ協会による新技術で地域の農業に劇的な効果がもたらされたと報告している。
以前は、1軒の農家が0.5ヘクタールの農地から収穫できる穀物は5袋以下だった。だが現在では、遥かに狭い20×25メートルの土地からでも5袋の収穫をあげられる。こうした具体的な成果こそ、まさに笹川アフリカ協会が新たな農業技術の促進を通じて達成しようとしているものだ。そのねらいは、化学肥料と新品種を導入すれば、たとえ小規模農家でも農業生産高が飛躍的に向上させられ、農家の食糧と収入がいかに安定するかを示すことにある。
笹川アフリカ協会の本部はアディス・アベバにあり、ケニアの栄養学者ルース・オニアンゴ教授が会長を務める。日常業務の責任者はタンザニアの農業経済学者ジュリアナ・ルウェラミラ常務理事だ。笹川アフリカ協会の課題は、25年前にノーマン・ボーローグ博士、笹川良一氏、ジミー・カーター元大統領が始めた仕事を前に進めることだ。当初の目的は農業生産の向上と農家に技術習得、品種改良、自信獲得を促すことだったが、近年では農産物を効果的に販売することへと重点が移行している。
プロジェクトのスタッフは、実用性を重視し、現実に手に入る資源を使って動くことの大切さを強く認識している。ボーローグ博士が最後にアフリカを訪問したのは2006年。すでに90代になっていた博士は、笹川アフリカ協会の同僚たちに率直にこうアドバイスした。「完璧な条件や完璧な品種が手に入るまで待っていてはいけない。使えるものは何でも使い、それで前に進んでいくことだ」



