象徴天皇の担う3種類の務め

②天皇陛下は、昭和天皇の崩御(編注:1989年1月7日)に伴い、55歳で、今の憲法(編注:1946年公布)のもと、初めて「象徴」として即位されました。現代にふさわしい皇室の在り方を求めて新たな社会の要請に応え続けられ、公務の量は昭和天皇の時代と比べ大幅に増えています。

※現行の日本国憲法は、第一章「天皇」の第一条に「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」と定めている。そこで、今上陛下は即位以来「象徴天皇とは何をなすべきか」を常に考えながら「現代にふさわしい皇室の在り方を求めて、新たな社会の要請に応え続け」てこられたのである。

③天皇の務めには、憲法で定められた国事行為のほかにも、公的に関わることがふさわしい象徴的な行為があると考え、式典の出席や被災地のお見舞いなどさまざまな公務に臨まれてきました。また、天皇の公務は公平に行われることが大切だとして、82歳の今まで、公務を大きく変えられることはほとんどありませんでした。

※天皇の主な務め(広義の公務)は、(1)憲法の第六条と第七条に定められる国事行為、(2)象徴としてふさわしいと考えられる公的行為、および(3)宮中で国家・国民のために祈られる祭祀行為から成る。

このうち(1)は、指名された内閣総理大臣と最高裁判所長官を天皇が任命するとか、内閣の助言と承認により、法律の公布、国会の召集、栄典の授与、外交文書の認証、来日大使の接受などを行う儀礼的なことが多い。また(3)は、天皇が正式の和装を召され宮中の三殿(賢所[かしこどころ]・皇霊殿・神殿)および新嘗祭(にいなめさい)用の神嘉殿(しんかでん)で営まれる主要な祭祀(さいし)が、毎年数十回に上る。さらに(2)は、全国で持ち回りの国民体育大会や植樹祭、豊かな海づくり大会への三大行幸を始め、各種の記念式典や激甚被災地などへのお出ましが増え、また次々と来日する国賓・公賓の歓迎、大使・公使の慰労、招請を受けた国々の訪問など、国際親善の役割も大きい。

その結果、年中ほとんど休まれる暇がない(御所におられても、面会者や行幸先などの調査・準備に余念がないという)。その全てが大切なことだと考え、一つ一つ「公平に」全力を尽くし続けてこられたのである。

高齢により自ら皇位を退く決意

④一方で、82歳の誕生日を前にした去年暮れの記者会見では、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と率直に老いや間違いを認め、「少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と述べられました(中略)別の関係者は「ご自身が考える象徴としてのあるべき姿が近い将来体現できなくなるという焦燥感やストレスで悩まれているように感じる。公務の多さもされど、象徴であること自体が最大の負担になっているように見える。譲位でしか解決は難しいと思う」と話しています。

※この「関係者」は(次の⑤も)、誰か分からない(ことになっている)が、憲法に基づき「象徴としてのあるべき姿」を形作られてきた今上陛下は、それが「老い」により「体現できなく」なれば本来の「象徴天皇」でなくなってしまう、と思い悩んでおられることを、一般の国民に知らせなければと考えたのであろう。

⑤こうした意向は、皇后さまをはじめ皇太子さまや秋篠宮さまも受け入れられているとのことです。天皇陛下がこうした考えを示されたのは、5年ほど前のことで、以来、この考えは一貫して変わっていないということです。

※こうした象徴天皇としての信念を持たれる陛下は、将来を見据えて「5年ほど前」から「“生前退位”のご意向」を一貫して示され、しかも「数年内を望まれている」ことを、すでに皇后陛下も皇太子殿下も秋篠宮殿下も「受け入れられている」ことまで明らかにされたのである。