美智子妃殿下が「専業主婦」の理想像に

恋愛結婚以上に画期的だったのは、生まれた子どもを手元で育てられたことである。お子様が生まれる直前、皇太子殿下(当時)は、「高校までは手元で育てたい」(1959年12月23日付毎日新聞)と発言している。

戦前はもちろん、50年代までは、上流階級(皇室、華族はもとより、企業経営者や地主、豪商など)では、家に使用人がいるのが普通だった。そして、子どもは乳母や使用人が育てるものであった。親が手元で子どもの世話をしたり、しつけるのは貧しい庶民の習慣であったのだ。現天皇陛下も乳母や養育係に育てられたのである。だから、当時の香淳皇后は、皇太子夫妻が子どもたちを手元で育てることに苦言を呈したといわれている。

さらに、当時、エプロン姿の美智子妃殿下が、キッチンで離乳食(?)を自ら作っているお姿が写真に残っている。ここにも、愛情をもって家事をするという「専業主婦」という新しい家族の形のモデルとなったことがうかがわれる。これも、戦前、皇族に当たる人が台所に入って自分で料理を作るなど考えられないことであった。

そして、実際に、戦後、「専業主婦」がいる家庭が増えていく。戦前は、庶民は農家など自営業が大部分で、女性も外で農作業など生産活動に従事していた。上流階級の女性は、労働どころか、家事、育児も使用人任せであった。戦後、工業化が進展し、企業で働く男性が増えるとともに、家事、育児をもっぱら行う専業主婦が増え、75年頃に最も多くなったといわれている。美智子妃は、その新しい女性のモデルとなったのだ。

長野県・軽井沢プリンスホテルでご静養される皇太子ご一家(当時)/1966年8月13日、時事

さらに、皇室のご様子として、ご公務の他に、親子そろってレジャーをする皇太子一家のお姿が、たびたび報道されるようになる。戦前の上流家庭では、夫は夫、妻は妻、子どもは子どもで別々に遊びに出かけることが一般的だったから、「家族レジャー」のモデルを示したのも、皇太子一家だったのである。

家族モデルなき時代と天皇ご一家

今、日本では、家族の多様化、家族の崩壊というよりも、「家族の衰退」が進んでいる。「男が主に外で働き、妻が主に家事をする」という戦後家族モデルは、根強く残っており、若者の間でもそれを理想とする者が多い。その一方で、欧米のように、「夫婦共働き」を理想とする人たちも増えてきている。そして、何よりも、結婚したくてもできない人が増え、私の言う「親同居独身者」が増えている。

今上天皇の次の世代の皇族の方々は、もう、家族の新しいモデルというものを示せなくなっているように見える。恋愛結婚は、当たり前のものとなり、秋篠宮殿下が学生時代からのお付き合いを成就させた時も、驚く人は少なかった。そして、皇太子殿下が、自ら選んで外交官の小和田雅子さんとご結婚されたときは、私は、キャリアで共に活躍する夫婦をイメージし、「平成の新しい家族モデル」を示して欲しいとコメントをしたことがあった。

しかし、現実にはなかなか理想のモデルとはいかず、注目され過ぎることがご負担になったのではないかと思えてくる。逆に、夫婦で共に活躍することが、一般の家庭だけでなく、皇太子一家でも難しいものであったことを象徴する例になってしまったかもしれない。もう、「このような在り方が家族の理想である」というモデルを示すことができない時代になっている。

「終活」としてのお気持ち表明

その中で、今回の天皇陛下の生前退位、それに先立つ2013年の陵墓の簡素化に関するお気持ち表明は、これから引退する高齢者世代のモデルとなるのではないかと感じた。

お墓に関して言えば、天皇家先祖代々のお墓というものは存在しない(ちなみに徳川将軍先祖代々の墓も存在しない)。天皇のお墓は、仁徳天皇陵という大きなものも含めて、基本的に個人墓である。中には、天武天皇と持統天皇が共に入った夫婦墓(もちろん、天武天皇の他の妃のお墓は別である)という今から見れば近代的なものも存在する。

長男が継承して祖先を祀(まつ)る「イエの墓」が普及するのは、明治時代以降である。そして、子どもが多かった時代はともかく、未婚化が進む現代では、多くの人にとって先祖代々の墓は維持できないものになっている。そんな中、天皇陛下が率先して陵墓の簡素化を提言するのは、意味があることだと思う。

そして、今回の生前退位のお気持ち表明である。筆者が造語した「婚活」ならぬ「終活」という言葉を最近よく耳にする。何もしなくても、自分が亡くなったら何とかなるだろう、というのは、子どもの数が多かった昔の話である。生前から、自分の終末に向かって、さまざまな手当てをして、子どもがいなくても、また子どもがいても子どもになるべく負担をかけないように準備する人が増えている。

天皇陛下のご表明も、この終活の1つと考えることはできないだろうか。なるべく国民の負担を軽くするように、ご自身の終末を考えてのことではないだろうか。この件で、陛下に対する尊敬の念をさらに深めた次第である。

(2016年10月3日 記)

バナー写真:改修された迎賓館で「朝日の間」を見学される天皇、皇后両陛下と皇太子さま、秋篠宮ご一家(2010年5月30日、東京・元赤坂/時事)