台湾社会に根付いたカラオケ文化

台南で暮らし始めてから5年になる。それまでずっと日本の大都会の中で生きてきた。都市生活のさまざまなストレスに押しつぶされそうになりながら、歯を食いしばってその日その日をしのいでいる人たちと付き合ってきて、人を幸せにする町の在り方について考えるようになった。「南」にその答えがあるように感じ、沖縄で三線を習い、台北で地元の学生たちと交流を深め、その後ふらりと訪れた台南で、ここにこそ答えがあると直感した。

大学院修了と同時に台南へ移り住み、折に触れて人前で三線を手に沖縄の歌や台湾語の歌を歌わせてもらってきた。総じて年齢が高い人ほど喜んでくれる。今は台南で小さなそば屋を営んでいるが、年配のお客さんが来られたときなどは忙しくてもホールで2、3曲、「花」や「涙そうそう」、三橋美智也の「赤い夕陽の故郷」の台湾語版「黄昏的故郷」といった、おなじみの曲をはじき語っている。

台湾のカラオケ文化は百花繚乱(りょうらん)だ。公園や道教の廟(びょう)、公民館などのお年寄りが集まる場所では、青空カラオケに興じる人たちを見かけることもある。木陰とかパラソルの下に小さなブラウン管のテレビとカラオケ機材が置かれ、投入口から10元硬貨を入れると歌が選曲できる。周囲には赤いプラスチックのスツールが並べてあって、いわば即席のライブ会場だ。

現代人の歌との付き合い方は昔より閉鎖的だ。カラオケボックスは密閉された空間の中で知り合いとだけ歌を楽しむものだし、一人カラオケ専門店もある。台湾ではカラオケのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)も人気があるが、これはいわば部屋に一人でいながらにしてできるカラオケだ。それはそれで楽しいものに違いないが、青空の下でのびのび歌う人を見ていると、お年寄りは生活の楽しみ方をよく知っていると感じる。

道教の祭典や披露宴、「流水席」と呼ばれる公道上で行う宴席などでも、よくカラオケのステージが設けられていて、歌好きの人たちが次に歌うタイミングをうかがっている。

薬や健康食品などの販促テレビ番組でも、番組の合間に演歌のカラオケ映像が流れることがある。電話で曲のリクエストもできるというインタラクティブ(双方向)なシステムだ。自宅にカラオケセットがある家庭も多いが、壁の遮音性が悪いと、近所とのいざこざの種になりやすい。

観光遊覧バスでもカラオケは外せない。出発時には「快樂的出帆」という台湾語曲を合唱するのが定番で、車内はしばしば「のど自慢大会」の様相を呈する。

本家の「NHKのど自慢」も台湾に来たことがある。東日本大震災から7か月後の2011年10月に台北の国父記念館で収録され、和服姿に身を包んだ台湾の素人歌手たちが2000人の聴衆を前に堂々と持ち歌を歌い上げた。